ホテル王と偽りマリアージュ
だから電話をするには、そこに『口実』が必要だったということ。
人目がない場所で『新婚夫婦っぽい』ことをするのは、契約にはないんだから。
私たちに必要なことではないんだから。


要さんはきっと、相変わらず私たちの仲を勘繰って、意地悪なメールを送ったんだろう。
それで一哉は『連絡を取った実態』を残す口実で、今こうして私に電話をくれた。
そういうことだとわかるのに。


「……気にしてくれてたんだ」


電話の理由を説明する前に一哉が言ってくれたことを、自分の声で繰り返して訊ねる。
どうして彼が私を気にしてくれたのか。
そこを知りたいと思ってる自分に気付いて、ドキドキし始めた。


「するよ。そりゃ」


しかも彼は割と直球の返事をくれる。
そこから更に『どうして』が膨れ上がって、落ち着かない気分になってしまう。


「なんで? 人前でもないのに気にするなんて、契約上は必要ないことなのに」


自分でも可愛くないことを言ってると思った。
わざわざ言わなくてもいいことなのに、敢えて皮肉っぽく口に出して聞いた。
そんなことをする自分に、一哉の本心を探ろうとしてると自覚せざるを得ない。


私の皮肉のニュアンスが伝わったのか、一哉は一瞬黙り込み、大きな溜め息をついた。
彼が沈黙すると、朝のマンハッタンの喧騒がより大きく聞こえてくる。
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