ホテル王と偽りマリアージュ
ある日、ホテルのフロントクラークから突然電話をもらった私は、電話で聞いた『皆藤麻里香(かいとうまりか)』という名前を頭の中で何度も唱えながらロビーに向かった。


『皆藤』というからにはもちろん一哉の親族に違いない。
だけど残念ながら私の記憶にあんまり引っ掛かっておらず、名前を聞いても顔が浮かんでこない。
それでも『皆藤椿さんをお願いします、と仰るんですが……』とクラークに呼び出されて、私はオフィス棟を離れホテル棟に向かう羽目になったのだ。


経理部の地味なオフィスとは比べ物にならない立派で豪華なホテルのロビーで、私は一度フロントに向かった。
電話をくれたクラークが示す方向に目を遣ると、腕組みをして仁王立ちしている女の子の姿が目に映った。
私にまっすぐ視線を向けているところを見ると、彼女の方は私が現れたことに気付いているらしい。


急いで小走りで駆け寄ると、清楚なブラウンのワンピースを着た彼女が、ギロッと私を睨み付けてきた。
わかりやすい不機嫌にちょっと戸惑う。
どう見ても私より年下、社会人じゃなく学生の雰囲気の彼女は、私が『麻里香さん?』と訊ねる前に唇を開いた。


「一応お目に掛かったことはあるんだけど。私なんかじゃ名前も顔も覚えてもらえてなかったのかしら」
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