ホテル王と偽りマリアージュ
その夜、家に帰ってきた一哉は、スーツの上着を脱ぎながら寝室に入って行った。
キッチンで夕食の支度をしていた私の耳に、「今日、ごめんな」と謝る声が聞こえてくる。


「え? なにが?」

「麻里香のこと。約束なしで突撃してきたろ?」


返ってくる返事を聞きながら、私はキッチンを出て寝室に向かった。
半開きのドアに手を掛けると、一哉はネクタイを解いていた。
私に気付き、苦笑しながら首を傾げる。


「なんせ、親にとって年いってからの女の子だから、相当甘やかされて育ってるんだよね。家族全員麻里香には甘いし。椿は仕事あるんだから邪魔するなって、ちゃんと言っておいたから」


シュッと音を立ててネクタイを引き抜き、ハンガーに掛ける一哉を見つめながら、私は『はは』と乾いた声で笑った。
家族どころか、親族の一哉も甘いような気がするけど。


「麻里香さんにとって、一哉は大好きな理想の王子様なんだね」

「えー?」

「『大きくなったらお嫁さんにしてあげる』って一哉が言ってくれたって、胸張って言われちゃったから」

「あれ。……椿、なんか誤解してる?」


シャツのボタンを外しながら、からかうように私を覗き込む一哉の瞳に、不覚にもドキッとしてしまう。
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