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episode.3✩⋆。˚──後悔の失踪、心の捜索
episode.3✩⋆。˚「後悔の失踪、心の捜索」

2016年9月12日。
目を覚ますと、俺は真っ白なベッドで寝ていた。体には、同じく真っ白な羽毛布団が掛けられている。
「…あ、れ?」
「あら!目が覚めたのね!」
隣を見ると、ピンクのナース服に身を包んだ、若い看護師がいた。
看護師…。つまり、ここは病院?
「ここは…?」
「病院よ。…ああ、まだ完治していないからあまり動かないで。」
…何で俺は病院にいるんだ?
前の記憶がなかなか思い出せない。
すると、そんな俺の疑問を察したのか、看護師が教えてくれた。
「春馬くんはね、森咲町三丁目の交差点のところで、信号無視の大型トラックに轢かれて意識を失ったのよ。それも三日間も。でもね、それで済んだのは、すごい奇跡なのよ。あんだけ大きなトラックに猛スピードで突っ込んでこられたら普通は死ぬわよ。あの子に感謝しなきゃね!」
いつの間にか隣に座っていたおばさん看護師も、うんうんと頷いている。
そんなことがあったのか。
けど、あの子って誰だ?
俺は誰かに助けられたのか?
思わず顔をしかめた俺をみて、おばさん看護師が、
「せっかく彼も目覚めたんだし、あの子をここに連れてきたら?あの子はもう元気だったじゃない?」
と提案した。
若い看護師は安静にしたほうがいいと言ったが、おばさん看護師の気迫におされ、渋々呼びに行った。

数分後、バタバタという激しい足音と共に、先程の若い看護師が病室に戻ってきた。
「大変!さやちゃんがどこにもいないわ!」
「さやちゃん?」
「橋本早耶香ちゃん。君を助けてくれた女の子よ。病室で寝ていたはずなのに、トイレにも売店にもどこにもいないの!」
橋本…早耶香ぁ?!
あの、“橋本早耶香”か?!
「えっ、マジでいないんですか?」
「そうなのよ!少なくとも、病院内にはいないわ!でも、出入口には警備員がいるはずだし…」
そうよねぇ…とおばさん看護師も頷く。
若い看護師の慌てっぷりから、かなり重大なことなんだと悟った。
おばさん看護師が、
「私も捜すの手伝うわ。私は庭を見てくる。」
と言うと、若い看護師は、
「ありがとうございます。じゃあ私は院内放送を流して来ます!」
と、慌てて病室を出ていこうとした。
だめだ…俺も…!
「あの…待って下さいっ!」
ほっとくわけには…!
「俺も、一緒に捜させて下さい!」
バッと布団を剥いで立ち上がる。
骨折している右腕がズキズキと痛む。
頭もクラクラする。
でも、関係ない。
俺は、橋本早耶香を見つけ出さないといけない。
そして、聞かなければいけない。
「でも、君は…」
「大丈夫です!ダメだと言っても、俺は捜しに行きます!」
壁に掛かっていたパーカーを強引に掴みとり、看護師を押しのけ廊下に出た。
「待ちなさい!」という看護師の声を無視して、廊下を突っ走った。
嫌な予感がして、たまらなかった。
「っ…!」
また首筋の傷が疼き始めた。
ケガをしていない左手で、傷を押さえる。
「クソッ!」
ケガをしているせいで全然スピードが出ない。
それでも、走り続けた。

とりあえず病院からは出たが、どこへ向かおう?
総合病院だけあってかなり広く、もうこの時点で息が上がっている。ケガさえ無ければ余裕なのに。
頭がぼーっとする。
でも早耶香を、捜さないと。
「さや…か…お前は…」
やばい、無理しすぎたかも。
そこからはほとんど無意識状態で走った。

***

気が付くと、海に来ていた。
「さやか…どこにいるんだ?」
ふと見上げると、崖の上に少女が座っているのが見えた。
風になびく長い黒髪。
空を見上げる澄んだ瞳。
あれは…!
「早耶香!」
俺の声に、彼女は振り返った。
やっぱり早耶香だ。
彼女は俺の姿を見るなり、立ち上がって逃げ出そうとした。
まあ、本当に逃げようと思ったかは知らないけど、俺の目にはそう映った。
「待ってくれよ!」
立ち止まった彼女の背中は、泣いているようだった。スカートの裾を握りしめた拳が震えている。
「…教えて、欲しいんだ。」

上まで登ると、さっきと同じ場所に早耶香が立っていた。
「さや…」
「ごめんなさい!」
彼女は、突然頭を下げた。
「な、何が?」
「私、春馬くんを守る為に来たのに、結局は傷つけてしまった。本当にごめんなさい…」
「どういう事…?」
守るってどういう事だ?
あの時の「気をつけて」と何か関連があるのか?
「私が春馬くんを守らなければいけないのに、守りきれなかった...。私、結局、春馬くんに迷惑かけてばっかで...その...」
なんだその含んだ言い方は。
全く訳が分からない。
「教えてくれよ!お前は何者で、何のために来たのか...!」
俺がそう叫ぶと、早耶香は怯んだように一歩後ずさった。
「私の口からは言えないの...」
「何でだよ!」
だんだん腹が立ってきた。
その時だった。
「あ!春くんいたぁ!早耶香ちゃんも一緒だ!」
後ろから誰かの叫び声が聞こえた。
振り返ると、楼莉と莉愛がいた。
そのさらに後ろには、天馬や凌ちゃん、輝晃までいる。
「…あれ…?みんなして、どうしたの…?」
俺の問いかけに答えたのは、莉愛だった。
すごい顔で俺を睨みながら、怒鳴った。
「どうしたの、じゃないわよ!とぼけないでよ!春馬と早耶香ちゃんが行方不明だって言うから、みんな心配して捜してたんだよ?!ホント、バッカじゃないの?!もし、春馬と早耶香ちゃんに何かあったらどうしようって…思って…」
莉愛は、泣いていた。
あの莉愛が泣くなんて。
「ほんっと、心配かけんなよなー!」
凌ちゃんがニっと笑った。
その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
どれだけ必死に捜してくれたかが、手に取るように伝わってきた。
「ごめん…みんな…。」
「ま、無事見つかったことだし、戻ろーぜ!」
輝晃がそう言って駆け出した。
その後に、みんなが続く。
最後に残ったのは、俺と早耶香だった。
「私たちも行こうか、春馬くん。」
そう言って早耶香は俺のほうに向き直った。
夕日の中で、笑う彼女は、どこか寂しげに見えた。
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