エリート専務の献身愛
「つ、辻先生……?」

 つい訝し気な顔をしてしまった。

 だって、辻先生の手が、私の手首を掴んでいるから。
 辻先生の大きな手はしっかりと私の手を捕え、緩む気配を感じられない。

 ひやりと背中に冷たいものが伝った感覚に襲われる。

「城戸さんとの時間を捻出するために、すごい頑張ったよ。褒めてくれる?なんて」

 意味ありげにクスクスと笑う様は、さっき会ったときと雰囲気が違う。違うっていうか、元に戻った……?
 動揺するところをみせちゃだめ。

 辛うじて自分にそう命じると、つらっと仕事モードを突き通す。

「あの、弊社の薬のお話を」
「そう急がないで。今も言ったよ? 時間はまだあるんだから」

 彼は強い力で手を引き寄せ、私の唇に人差し指をあてる。
 顔が近い。これ以上は危険だと頭の中では判断しているのに、身体がいうことをきかない。

「震えてる?」

 弱みを見せたらいけないと思っているのに、あっさりと異変を指摘されて狼狽える。思い切ってバッと手を振りほどいたものの、気が緩んだ一瞬の隙をつかれて正面から抱きしめられる。

 カバンがドサッと足元に落ちる鈍い音が遠くに聞こえた。

「ちゃんと薬のことは考えるよ。……この後でね」

 辻先生は耳もとで囁くと、私の髪をおもむろに解く。それから、少しだけ身体が離れた。けれど、まだ完全に辻先生の腕の中だ。

 抵抗するように下を向く。しかし、それも容易に顎を持ち上げられてしまった。辻先生は、目を合わせる間もなく、頭を傾け瞼を伏せる。


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