エリート専務の献身愛
 エレベーターに乗り込み、八階に向かう。
 大きな病院だから、応接室とひとくちに言ってもたくさんあるはず。私がここの応接室に行ったことは、だいぶ前に先輩と一緒だったときだから、正直あまり覚えていない。

 案内図を見て場所を確認し、ヒールを鳴らす。数メートル歩き進めると、【応接室B】というプレートを見つけて立ち止まった。

 よかった。辻先生はまだだ。

 ほっとしたのも束の間、気を引き締めてカバンの中からパンフレットを取り出した。
 今回は急なことで、正直アプローチ方法は全然用意できていないけれど……知りうる知識と話術でいい方向に持っていくしかない。

 大丈夫。きっと、できる。

 心の中で呟き、パンフレットを持つ手に力をゆっくり込める。同時に、浅見さんが頭に過った。

 電話……なんの用だったんだろう。また、なんの用事もないけれど掛けてきてくれたのかな……。
 そう想像するだけで、じわりと心が温かくなる。

 それは私の意思とは関係なくて、気づいたときにはとっくに手遅れで。
 もしかしたら、また掛け直してくれるかもしれない。だけど……。

 迷う気持ちのまま、携帯をポケットから取り出した。そして、しばらく黒い画面を見つめ、電源を落とす。

 仕事の間だけ。じゃなきゃ、きっと仕事中も浅見さんのことばかり気にしてしまう。

 苦しい思いで携帯と向き合っていると、突然背中になにかが触れた。飛び上がって短く声を上げ、後ろを振り返る。

「辻先生!」
「お待たせ。入って」

 颯爽と現れた辻先生は、私の背に手を回したまま、目の前のドアの鍵を開けた。そして、私を先に室内に通す。

「あっ、えぇと、お時間取ってくださってありがとうございます」

 すごく距離が近いと思いつつも、平静を装い、お礼を口にする。
 それから、部屋の中央にあるテーブルを目指して一歩踏み出した、そのとき。

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