エリート専務の献身愛
 部長と約束していると思って、早く仕事を終わらせた。

 驚いたのは、部長に連れられていったお店が知っているところだったから。

「洒落っ気ないところで悪いね。そういう店はまったく無縁だから」
「……いえ」
「あ、焼き鳥嫌いだった?」

 浅見さんと来た、お店だったからだ。

「いえ。好きです」

 口角を上げ、ひとこと返し、部長を追って暖簾をくぐる。

 入り口に立ってすぐ見えるカウンター。右手の席に座ったな……浅見さんと。

 今はほかのお客さんが座っている席を横目に、奥のふたり掛けテーブルに腰を下ろした。

 部長が「昔からたまに会社帰りにここに寄るんだ」と話をしながら、慣れた様子で注文を済ませる。頼んだビールがふたつ来ると、私たちはジョッキを合わせた。

「お疲れ様です」
「今日は遠慮しないで食べてね」

 お通しから始まり、次々運ばれてくるお皿を前に、部長は何度もそう言う。私を気遣ってくれている。

 部長は今までいつもそうだった。

 新人で右も左もわからない私に、懇切丁寧に仕事を教えてくれた。
 少し、仕事の流れがわかって、ひとり立ちさせてもらった今は、毎日帰社するたび、『お疲れさん』と『どうだった?』と声を掛けてくれる。

 その日の営業結果の聞き方も、全然圧を感じないし、フォローの言葉をくれるくらいだ。

 そんな部長が、いなくなるなんて。

「あの……本当に辞めちゃうんですか?」

 寂しさがこみ上げて、涙が出そうになる。

 部長が私の部長でなくなる不安だってある。
 ずっと上司でいてくれなんて無茶は言わない。でも、せめてもう少しだけいて欲しかった。

 潤んだ目を部長に向ける。

「ああ。突然で驚かせて悪かったね」

 部長は、バツが悪そうに苦笑いを浮かべ、視線を落とした。
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