エリート専務の献身愛
 部長と別れて駅へ向かう。
 時刻はもうすぐ十時。まだ辺りには人がちらほら見られる。

 結局あの後、核心に触れるような話はもうできないまま、他愛ない話をして焼き鳥を食べた。

 心に引っ掛かりを残し、とぼとぼ歩く。
 そこに、着信を知らせる振動がカバンの中から響いてきた。ハッとしてゴソゴソとカバンを探る。

 こんな時間に電話をくれる相手と言ったら、ひとりしか思い当たらない。
 藁にも縋る思いで携帯を取り出した。

 この着信が彼で、ここからまた、やり直すことができるかもしれないと無意識に考えてしまっていた。

 携帯を握った手をカバンから引き抜く際に、手帳がバサッと音を立てて地面に落ちた。
 私はそれを拾うこともせず、鈍い音を立てる携帯を茫然と見つめる。

 少し迷ったけれど、すぐに画面をスワイプして携帯を耳に当てた。

「もしもし。城戸です」
『遅い時間にすみません。今、お時間よろしいでしょうか?』
「構いませんけど……。どうかされたんですか? レナさん」

 風を切って走る車で手帳が捲れる。パラパラと動くリフィルに半分隠れて、レナさんの名刺が見えた。

『……今、外ですか? どちらにいます?』
「え? 今はまだ社の近くの駅付近で……」

 駅の方向を見て答え、手帳をようやく拾い上げる。

『迷惑ついでに言ってしまいますが、今からお会いしてもらえませんか?』

 一瞬、どうしようか考えてしまった。

 もう私には彼女に会う理由はないし、なによりも、彼の近くにいる人と接触するだけで、また私の中の時間が止まってしまいそうだったから。

 だけど。

「わかりました」

 行動しない後悔よりも、きっと行動して後悔するほうがいい気がする。
 これから先、後ろを振り返ることのないように。
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