エリート専務の献身愛
「瑠依、やめて。まず中に」

 腕を軽く引かれ、部屋に入る。秒を追って、ゆっくり浅見さんを見上げると、困惑した横顔だった。

 もしかしたら、やっぱり今さら迷惑だったのかもしれない。
 そんなふうに思ってしまうような表情。だけど、思うことは伝えようって決めてここに来た。

 俯きかけた顔を止め、前を見る。

「部長のこと、浅見さんは助けてくれたんですよね」
「なんで……。レナか」

 私が言うと、初めは驚いた浅見さんがベッドの角に浅く腰を下ろし、小さく笑った。
 でも、この笑顔は誤解が解けて安心したというようなものじゃない。どこか、まだ壁がある。

 「オレの力じゃないよ。これも父のおかげだ」

 よくわからなくて、つい黙ってしまう。浅見さんは私の気持ちを察し、噛み砕いて説明してくれた。

「彼がオレの言葉をすんなり聞き入れてくれたのは、昔、彼の上司がオレの父親だったから。要するに、世話になった上司の息子だから説得に応じてくれただけだ」

 自嘲気味に言う浅見さんは、珍しく皮肉めいた笑みを見せる。それは、なんだか『助けて』と訴えられているように思えて、必死になって言葉を紡ぐ。

「今回のことでハッキリしました。浅見さんの存在は、もう私の中では簡単にないものにできない」

 すると、浅見さんの表情が変わった。
 笑顔が消えて、瞳を揺らしている。

 もう少し。あとちょっとで、壁を越えられるかもしれない。

「簡単に忘れられないんです。浅見さんがくれた言葉や温もりや、笑った顔が……」

 こっちを見て欲しい気持ち一心で語り掛け続ける。

「浅見さんが前に私に言っていたこと……。私も、浅見さんにいつも側で受け止めて抱きしめてほしい」

 あの言葉はびっくりしたけれど、すごくうれしかった。
 なんの取り柄もない自分でも、誰かに必要とされているんだなって思わせてくれたから。

 だけど、私はそういうことに慣れていなくて、正直な気持ちをあのときに伝えていなかったと思うから。

 ベージュの絨毯の上を一歩ずつ進む。浅見さんの目の前で止まった。

 彼は、まだ私を見ようとしない。

「だから、もし浅見さんもなにかあったなら、ひとりで抱え込まないで。私も私なりに、抱きとめてあげるから。これからは、ちゃんとあなたと向き合う。もう、逃げないから」
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