エリート専務の献身愛
 見ないようにしていたのに、思わず振り返って彼の顔を見上げる。
 すると、さっきまでひとつも動じない彼が、僅かに表情を崩していた。

 哀願にも似た視線で悲しそうに眉を寄せている。

 ……だめ。情に流されたら、相手の思うつぼ。
 騙される人はこうやって騙されちゃうんだから。

 本当は心が大きくぐらついていたけれど、それを懸命に立て直す。

 でも、きっとこの意思は長くは持たない。
 だから、彼から早く離れなければ……。

「瑠依は、ひと目惚れって信じる?」
「……え?」

 心臓がドクンと大きくなった。
 浅見さんに触れられている腕が、緊張のせいで震えそう。

 今まで、見た目も成績も、なにもかもが普通で、注目されたことなんかない。
 そんな私がひと目惚れされるなんて、考えたこともない。

 しかも、こんななんでも持っているような男性に――。

「ここー? 由人が好きなお店って!」

 浅見さんの後ろから聞こえてきた声にハッとする。
耳に入った可愛らしい声は、思考とは裏腹に動けなくなっていた私の意識を一気に引き戻した。

 『由人』?

 〝よしと〟という響きの名前は、さほど珍しいわけではない。
 たまたま同じ名前で、反応してしまっただけ。

 それなのに、なぜか心がざわつく。

 浅見さんから焦点を奥へ移しながら、今度はべつの緊張が身体中を巡る。
 心地悪い心音が耳もとまで響いてくる。

「瑠依?」

 突然顔色を変え、遠くを見る私に、浅見さんは訝し気な表情で声を掛ける。
 彼の呼び声に反応する余裕もなかった。
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