エリート専務の献身愛
 奥へ席を詰めると続いて浅見さんも乗り込み、タクシーはドアを閉める。そのあと、運転手に行き先を尋ねられ、流されるように答えた。
 車が私の自宅へ向けて走り出してすぐ、後悔する。

 やっぱり、浅見さんにこのタクシーを譲って、私は別のタクシーを捉まえたらよかった。百歩譲っても、これに私だけが乗り込めばよかった。

「ん?」

 視線をチラリと向けたのと同時に目が合ってしまい、笑顔で小首を傾げられる。

「やっぱり、私降ります。だって、浅見さんってこの辺りのホテルなんですよね? だったら、遠回りになるしお金も時間も掛かるだけですから」
「初めて見る景色は新鮮で、時間もあっという間に経つ。お金も、このくらいは経費で落とす必要ないくらいには持っているつもりだよ」

 浅見さんは、冗談めかして笑ってみせた。そして、足を組んでフロントガラスの方向を眺めながら「それに」と口にする。

「Time is money.時間は限られている。だから、オレはその時間を瑠依と一緒に過ごしたいと思っていたから」
「……そこまでの価値が私なんかにあるかどうか」

 いや、ないでしょう。

 心の中で自分をバッサリ斬り捨てる。

 顔立ちは普通。背がほんの少し高いくらいで、モデルになれるわけでもない。
 頭のデキも〝上〟には一歩及ばず、中途半端な意思には、誰かを動かす力どころか、自分を動かす力さえ持っていなくて。

 手のひら一点を見つめ、それを軽く握る。

「オレが今まで見てきた女性は、みんな自分をしっかり持っていて、強くて、基本的には後ろを振り返らないような人ばかりで」
< 67 / 200 >

この作品をシェア

pagetop