好きになれとは言ってない
戻ってきた真尋がソースで焼きそばを炒め始めると、遥はつい、身を乗り出してしまっていた。
「ほらみろ。
食べたくなったろ」
と航が言う。
「この店に漂う素敵な珈琲の香りをも凌駕するこの香り。
たまらないですっ」
と拳を作ると、真尋が嫌な顔をする。
「そうなんだよ。
だからさ。
本当は作りたくないんだよ。
ナポリタンとか、焼きそばとか。
でも、此処、住宅街だから、需要が多くてさ。
たまにうちのおばあちゃんも親も、この人も食べに来るし」
と真尋は眉をひそめる。
「ナポリタンとはともかく、焼きそばは最初メニューにはなかったんだよ。
でも、押しの強いうちの母親が、
『あら、なんでないの、焼きそば。
美味しいじゃないの、あんたの焼きそば』
とか言ってくるから。
もう、此処は何屋だって感じなんだけど」
と言う真尋に笑うと、遥を見、
「紅茶しか飲まない新しい客も増えたしねえ」
と言ってくる。
「うう。
すみません。
珈琲、匂いを嗅ぐのは好きなんですよ」
と言うと、
「なんかヤバい人みたいだね」
と笑われた。