猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁


しばらく留守にしている間に王都の季節も進んでいた。

久しぶり戻ったヘルゼント邸でグレースたちを出迎えたのは、すでに懐かしく感じる顔ぶれ。婚礼のときにセオドールが置いていった薔薇の苗木が成長して緑の葉をつけた姿。それから……。

「これがジムっ!?」

足元に擦り寄ってきた黒猫を抱え上げ、グレースは驚きの声を上げる。毛並みの艶と金色の瞳の輝きは増し、体重は半分近くに減った愛猫の姿はまるで別猫だ。

「おかえりなさいませ」

腰を折ったドーラの声が聞こえると、ジムはビシッとお座りして尻尾を揺らす。

「健康のためによかれと思い、誠に勝手ながら、この猫には減量をしていただきました」

家人には、ジムに通常の食事以外を与えることを一切禁止し、誰かが暇を見つけては、遊びと称して動きの鈍い躰を動かすよう仕向ける。
また屋根に登られでもして、主人らを危険な目に遭わせるわけにはいかない。使用人が一丸となって一匹の猫と向き合った結果、急激な体重の減少にも関わらず体調を崩すこともなく、無事見違えた姿を主人にお披露目することができたというわけだ。

「なんだ。せっかくこれを用意したというのに」

ラルドは、白薔薇館を出る際セオドールに渡された鉢を手に憤然としている。帰路でも、ただの雑草にしか見えないそれに水をやるなどの世話をする様子を、グレースは度々目撃していた。

「そんな草をどうするの?」

「ああ、そうだ。試してみましょう」

ラルドは葉を数枚千切りそれを擦り合わせる。おとなしく座っていたジムの耳とヒゲがピクッと動いた。
屈んだラルドがその葉ごと指を近づけるや否や、ごろんと腹を上にしてジムが床に転がり、くねくね腰を振りながらラルドの指にじゃれつこうとする。目の焦点が合っていない様子はまるで酔っ払いだ。

「おっと。あまりやりすぎはよくないらしい」

立ち上がり葉っぱを遠ざけても、黒猫はまだ余韻に酔いしれている。

「イヌハッカというらしいです。ご覧のとおり猫にも効果があるそうで」

散々な目に遭わされた猫との仲を何とかしようというラルドなりの苦肉の策だったらしいが、生暖かい目で主人を見守っていた周りからついに失笑が漏れた。

「坊ちゃま。その草はこの辺りにもごまんと生えているものですよ。ちなみに料理にも使われています。今度お出ししましょう」

料理長に指摘を受け、王宮では冷静沈着、常に微笑を崩さないヘルゼント伯爵が、耳の縁までも真っ赤に染めていた。
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