猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
数年ぶりの再会を手放しで喜ぶ気にもなれず、グレースは静かにその場を立ち去ろうとする。だがその前に気がつかれてしまった。
花の付いていない薔薇を見つめていたラルドの眼が眇められ、彼女に向けられる。

「……グレース姫?」

グレースがひと目で彼だと分かったように、数年経ち娘らしく成長した姿でも気づいてくれたというのか。そんな年頃を迎えた少女の淡い期待は、ものの見事に打ちのめされる。
ラルドはグレースの姿を見留めると、ゆっくりと両方の口角をつり上げた。

「お久しぶりです。相変わらず、侍女も連れずに散策でしょうか。ああ、そのお姿では侍女同士で仕事を怠けているように見えてしまうからという、姫なりのお優しいご配慮なのですね」

記憶にあるものより低い声音は、内容とは裏腹に嫌みなほど甘い。

それほど自分の格好はみすぼらしいのかと身体をひねり、前後左右を確認する。誂えてからたいして経っていないから、当然破れやほつれなどもない。第一、そんなものがあったらほかの者が気づいているはずだ。唯一気になる点があるとすれば、生地を選んだときに、侍女から「もう少し明るい色になされば?」といわれたくらいである。その意見を無視したのがいけなかったのだろうか。
真剣に悩んだグレースは榛色の裾を摘まむ。すると、くっと喉の奥で堪えたような笑いが聞こえた。

「……からかったのね?」

いつの間にか目の前まで近づいていたラルドの青い瞳を睨み付ける。その位置が以前よりずっと高い場所にあり、さらにグレースの機嫌を損ねた。ツンと口を尖らせそっぽを向く。

「姫はなにもお変わりがないようですね」

懐かしそうに眼を細められ、自分の子どもじみた行動に赤面する。顎を引き、精一杯大人っぽい表情を意識して笑みを作った。

「ラルドは……少し変わったかしら」

彼のように嫌みのひとつでも言ってみようとしたグレースだったが、気落ちした様子につい本音が口をついて出る。
意地の悪いものの言い方や立ち姿の美しさは昔のまま。整った顔立ちはより洗練され、背も伸び声も低くなった。

だがグレースが違和感を覚えたのは、目や耳で容易に確認できるものではなかった。
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