猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「あれから三年は経ちましたから」

そう答えたラルドからは、それ以上の年月の経過を感じさせられる。グレースが王城の片隅で安穏とした生活を送っていた間、彼はどんな日々を過ごしていたのだろう。

「なにかあったの?」

「なにも。なかったというより、できなかった、ですね」

庭師が摘み取り損なったのか、茶色く枯れた薔薇にラルドの指先が触れる。ぱらぱらと崩れていく花びらの残骸とともに、深く長いため息が落とされた。

「せめてあと十年、早く生まれたかった」

自分がロザリーを慕っていた想いと、ラルドが彼女へ寄せていた想いは似ているようでまったく異なるものだったことを、もう理解できないほどグレースは子どもではなかった。


グレースがラルドの弱気な表情を見たのはその一度だけ。それからは、幾度となく王城のあちらこちらで彼の姿を目にすることになるが、貴族の子弟達が作る華やかな輪の中心はいつもラルドだった。
仲間たちと朗らかに笑い、ときには大の大人と対等に政についての論説を交わす。そんな姿を見かけるたび、グレースは太陽を直視するように目を細めていた。

ブランドルとヘルゼント、両家の間で繰り広げられていた冷戦は、ブランドル家当主死亡で新たに爵位を継いだエルガーの度重なる醜聞と、投資をしていた新事業の失敗などによる多額の負債を抱えたことで、ヘルゼント側が大きく優位に立っていた。
ヘルゼント伯爵家の勝利が人々の口から囁かれるようになると、跡継ぎであるラルドの評判はますます輝かしいものになっていく。

王女でありながら、目立たぬようひっそりと身を潜めて暮らす自分とのあまりの違いに、グレースは彼を意識して避けていた。

将来有望なラルドの元にはいくつもの縁談が持ち込まれているだろうにまとまる様子がないのは、彼の心の中にはまだロザリーがいるためだ。
そう思っていたグレースだったが、ある日、気晴らしに出た散策でラルドにバッタリと会ってしまう。それもどこかの家の侍女らしき女と一緒だった。彼女は顔を真っ赤にして立ち尽くすグレースに気づくと、艶然と微笑み、余裕の窺える会釈とねっとりとした甘い香りを残し去っていく。
あきらかに自分たちより年上の女性と、顔を寄せ合っていたラルド。

「あ、貴方。こんなところで昼間っからなにをしているのっ!?あれは誰?」

「さて?そういえば、どちらの者かまでは聞いていませんでした。それに、なにと言われましても」

小さくなっていく女の後ろ姿を薄笑いで見送りつつ、口元を手の甲で拭った。その艶めいた仕草にグレースは眉を顰めるが、熱は顔からいっこうに引く気配がない。
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