猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
グレースは頬を染め、咎めるように上目で睨む。ラルドはおもしろいいたずらを思いついたとばかりに、自分の唇に人差し指を添え、片側の口角を上げた。

「言葉で説明するのは少し難しいので、よろしければ実践でお教えいたしましょうか」

「結構よっ!」

当然質の悪い冗談なのだが、受け流せずにグレースはむきになってしまう。そしてそれを、さらにラルドが面白がる。
しかも彼を避けているはずグレースが、なぜかそんな場面にばかり出くわしているわりに、噂好きの使用人たちからはラルドの醜聞が届いてこない。よほど巧く立ち回っているのかと思うと、呆れを通り越して感心する。

「やっぱり貴方もほかの男と同じ。いいえ、それ以上にひどいわ」

父や兄と同じ。ただ一人の人を愛し続けることができる男などいないのだ。心変わりにおびえながら過ごすくらいなら、一生結婚などするものか。

そのつもりでいたはずなのに……。


グレースは知らず知らずのうちに床へと落としていた視線を天窓に戻す。すると、いつの間にか窓枠の端から金色の光を放つ月が顔を覗かせている。グレースは慌てて手を組み祈りを唱え始めた。



秋も深まり、日が落ちてしまえば、昼間とは打って変わりぐっと寒さが増すようになった夜半。
長引いた公務からの帰路で、婚約者がろくに供もつけずに王都の外れにある神殿に向かったとの知らせを受け、ラルドは御者に行き先の変更を告げる。

あの姫は昔からよくふらふらと出歩いていたことを思い出し、馬車の中で独り苦笑した。
グレースは自分が王族だという自覚に乏しい。おそらく王宮内で頼れる者がいなかった彼女の母親が、自身と娘を守るために身に付けさせた処世術だったのだろう。

それに引き換え、グレースの半分も王家の血など流れていなかったラルドの母は、気位ばかりが高い女だった。自分が多忙な夫に構われなかった腹いせに、伯爵夫人としての義務も、母としての務めもすべて放棄し、自堕落な日々を過ごしていた。

そして家族では埋まらなかった愛情を家に出入りしていた若い画家に求め、溺れ、捨てられる。彼女の死は、表向き、屋敷の大階段から誤って転落したことによる事故死となっている。だが実際は、黙って自分の元を去った愛人を恨んで酒に逃げたあげく、彼が伯爵から受け取った大金を手に国を出て行ったと知り、泥酔したまま追いかけようとして足を滑らせたからだ。

たまたま王都の屋敷に滞在していたラルドは、知らない男の名を半狂乱で呼びながら自分を突き飛ばして廊下を進み、大きな音をたて階段を転げ落ちていった母親を目の当たりにしている。
騒ぎに気づき自室から飛び出してきた姉が慌てて彼の視界を塞ぐように抱きしめてくれたが、まだ幼かったラルドの瞼には、母の壮絶な最期の顔がくっきりと焼き付いてしまった後だった。

ただ、もとから希薄だった母子関係のおかげで、ラルドが母親を亡くしたという喪失感を味わうことがなかったのは、不幸中の幸いとでもいうべきか。姉であるルエラが、今までと変わることなく母親代わりの愛情を注いでくれるだけで十分だった。

それなのに――。

< 34 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop