猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
ルエラは突然ラルドの目の前から消えてしまう。

淡い恋心を抱いていた姉の美しい友人も、家名と幼い弟を守るため、ルエラの代わりに国王のものとなる。そして、我が子の命と引き換えに自らの命を削った末、永遠にラルドの手の届かないところへ逝ってしまった。

そのふたりの忘れ形見も、いまはーー。

しょせん自分は誰の『一番』にもなれない。『一番』大切だと想っても、この手の中に留まってはくれない。だったら『一番』などつくらなければいい。そうすれば、煩わしい想いに囚われることもなくなる。

それが、ヘルゼント家を取り巻く内情のすべてを知ったラルドが出した結論だった。


停車時の軽い衝撃で馬車が目的地に着いたことを知る。扉が開けられるのを待つものもどかしく降りた場所には、真円に近い月の明かりが照らし出す石造りの神殿が建っていた。

馬車をその場に残し、軋ませながら扉を開ける。来訪に気づいた神官が固い足音を立ててやってきた。
あまりの静けさに、もしや無人なのではと気をもんでいたラルドは内心で安堵する。

「ヘルゼント伯爵でいらっしゃいましたか」

顔をひと目見るなり素性を言い当てた若い神官を、ラルドは知らない。たぶん、なにかの行事のときにでも見かけて覚えていたのだろう。曖昧な笑みで応えるとすぐに事情を察したのか、中へと案内された。

「グレース王女はただいま、太陽の間にてご祈祷中です。こちらでお待ちください」

通された控えの間に足を入れた途端暖かな空気に身を包まれ、ほっと息をつく。と同時に、こんな冷える夜更けに、グレースは広間に独りきりで祈りを捧げているのかと思い至った。

「月に祈ったところで、どうなるわけでもないだろうに」

もし願いが届くのなら、簡略した儀礼で済ませた姉やロザリーはともかく、見栄と誇りだけのために正式な月の禊ぎを執り行ったという母の立場がない。
ラルドは一度下ろした腰を再び上げ扉に向かった。

「伯爵、どちらへ?」

暖炉の火を強めていた神官が訝しげに問う。

「婚約者を迎えに行くだけだ」

「ですが、祈祷中は……」

「わかっている。外で待たせてもらう」

ラルドは神官を残し、太陽の間へ続く石の廊下を歩いた。

静まりかえった中に足音が響く。近づくにつれ、広間を閉ざす大扉の前にうずくまる人影が確認できた。
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