猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「そこでなにをしている?」

震えながら抱えている頭にラルドが詰問すると、文字通り人影が悲鳴とともに飛び上がって腰を抜かす。

「きゃあ!!食べないでくださいっ!」

怪しい者ではないとわかったが、甲高い声でラルドの耳が痛くなる。

「君はたしか、グレース様の……」

見覚えのある侍女の姿にラルドは安堵しつつ、冷たい床に尻を着けたままのマリの腕を取り立ち上がらせた。

「え?ラルド様っ!?どうしてここに??」

主人の婚約者が突然現れ、その手が自分を掴んでいることに驚いたマリのまた力が抜けそうになる腰を、ラルドが今度は両手で抱える。

「それはこちらが聞きたいな。こんな暗くて寒いところでなにをしてるんだい?」

「えっと、あの……グレース様をお待ちしていて。その、そしたら、足音が……」

しどろもどろになりながら必死に答えるマリの顔にかかるほつれた髪を、指に絡め取り後ろに撫で付けてやった。その手を彼女の後ろの扉につく。

「そう。僕の婚約者はいい侍女をお持ちのようだ。でも、ここは夜中に女の子が独りでいる場所じゃないよ。僕が代わろう。君は控えの間に戻りなさい」

「ですが……」

ラルドと目を合わせることができず耳の裏まで真っ赤にして俯くマリの耳元で、低く優しく説く。

「君が身体を壊したりしたら、姫はきっと気に病んでしまう。結婚間近の主人の心労を増やすようでは、侍女失格だよ?」

「……そん、な」

「さあ、早く行って冷えた身体を温めておいで」

瞳を揺らす彼女の耳にさらに近づいて囁けば、ピクッと肩を小さく跳ねかせコクンと頷く。腕で作った囲いを解いてやると、一目散でラルドが歩いて来た方向へ消えていった。

「さて、こちらも……」

独りごち、重い扉を開けようと取っ手を握る手に伝わってきたひやりとした感覚が、ラルドの動きを止めさせた。

『好きでもない女』

グレースがラルドに放った言葉が耳の奥で蘇り、口の端が僅かに上がる。彼女は月の女神達にいったいなにを願っているのだろうか。それこそ『好きでもない男』に嫁ぐというのに。

ふう、とひとつ息を吐き出してから、扉を開けた。

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