猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
爪の突き刺さった頭皮に手をやりながらその様子を見届けたラルドが、小窓から外に出てくる。腰を落としたまま進んで、グレースのところまでやってきた。
「厨房の次は、屋根の上。貴女は普通に夫を出迎えるということができないようですね」
刺々しい言葉が突き刺さる。さあ、と延ばされた片手と一緒に吐き出されたため息から酒の匂いがした。
「お酒を飲んでいるの?貴方こそ危ないじゃない」
「この騒ぎですっかり酔いなど覚めました。心配してくださるなら、早く中へ戻ってもらえますか」
言われるまでもない。春になったとはいえ夜はまだまだ気温が下がる。肩掛けを失し薄い寝衣のグレースの身体は、早くも冷え始めていた。
強情にもラルドの手助けを断り、そろりそろりと足を進める。彼女の後ろを守るようにしてラルドが続いた。
やっと屋内に入り両足を伸ばし平らな床に足裏をつけられたことにほっとした途端、グレースの腰が砕ける。膝をつく寸前で、その細腰をラルドが支えた。
グレースの耳元で、嗅ぐだけでも悪酔いしそうに濃い酒気を含んだ吐息混じりの声で囁く。
「立てますか?それともまた、抱いて運んだほうがよろしいですか」
「……平気よ。手を離して」
ラルドが酔ったように顔を赤らめたグレースの腰から手を放し、それを両肩にのせ軽く押し出す。
「では、今貴女がすべきことはわかりますね?」
背後からかけられた問いに前を向けば、マリやドーラ、幾人もの視線がグレースに集まっている。彼女の無事な姿を目の前にし、心配や不安が解けてもなお硬い表情のままの彼女たち。
グレースはスッと背筋を伸ばしてから、膝を折る。
「心配と迷惑をかけました。皆の静かな夜を壊してしまって申し訳なかったわ。見ての通り、どこにも怪我などしていないから」
躊躇いなく使用人たちに謝罪した元王女に少々驚きながらも、一同はようやく面持ちを和らげる。ドーラが綺麗に砂埃を払った肩掛けでグレースの身体を包みながら渋面を作った。
「本当でございます。年寄りたちの心臓を止めて、皆殺しになさるおつもりでしたか?」
真剣に言う侍女頭の冗談でも恐ろしい苦言に、ラルドがくつくつと喉を鳴らして肩を揺らす。
「まったくだ。グレースの側につくには心臓の予備が必要になるな。マリはいくつ持ってきた?」
ドーラの小言は、悪乗りしたラルドにも向けられた。
「坊ちゃまもです!御自ら屋根に上るなどなさらないでくださいませ。なんのために私どもがいると思ってらっしゃるのです」
三十路近いラルドは「坊ちゃま」呼ばわりされ首を竦める。年の離れた姉付きの侍女で、ラルドが産まれたときから近くにいたドーラにしてみれば、まだまだ青い。普段は礼儀作法に厳格な彼女でも、今回のことはよほど腹に据えかねたとみえる。
「おふたりとも早々にお部屋にお戻りになってください。マリ!そのコを連れていって今晩はけっして放さないように」
「か、かしこまりました」
怒りのとばっちりを受けたマリが、ジムを抱える腕に力を入れた。
「厨房の次は、屋根の上。貴女は普通に夫を出迎えるということができないようですね」
刺々しい言葉が突き刺さる。さあ、と延ばされた片手と一緒に吐き出されたため息から酒の匂いがした。
「お酒を飲んでいるの?貴方こそ危ないじゃない」
「この騒ぎですっかり酔いなど覚めました。心配してくださるなら、早く中へ戻ってもらえますか」
言われるまでもない。春になったとはいえ夜はまだまだ気温が下がる。肩掛けを失し薄い寝衣のグレースの身体は、早くも冷え始めていた。
強情にもラルドの手助けを断り、そろりそろりと足を進める。彼女の後ろを守るようにしてラルドが続いた。
やっと屋内に入り両足を伸ばし平らな床に足裏をつけられたことにほっとした途端、グレースの腰が砕ける。膝をつく寸前で、その細腰をラルドが支えた。
グレースの耳元で、嗅ぐだけでも悪酔いしそうに濃い酒気を含んだ吐息混じりの声で囁く。
「立てますか?それともまた、抱いて運んだほうがよろしいですか」
「……平気よ。手を離して」
ラルドが酔ったように顔を赤らめたグレースの腰から手を放し、それを両肩にのせ軽く押し出す。
「では、今貴女がすべきことはわかりますね?」
背後からかけられた問いに前を向けば、マリやドーラ、幾人もの視線がグレースに集まっている。彼女の無事な姿を目の前にし、心配や不安が解けてもなお硬い表情のままの彼女たち。
グレースはスッと背筋を伸ばしてから、膝を折る。
「心配と迷惑をかけました。皆の静かな夜を壊してしまって申し訳なかったわ。見ての通り、どこにも怪我などしていないから」
躊躇いなく使用人たちに謝罪した元王女に少々驚きながらも、一同はようやく面持ちを和らげる。ドーラが綺麗に砂埃を払った肩掛けでグレースの身体を包みながら渋面を作った。
「本当でございます。年寄りたちの心臓を止めて、皆殺しになさるおつもりでしたか?」
真剣に言う侍女頭の冗談でも恐ろしい苦言に、ラルドがくつくつと喉を鳴らして肩を揺らす。
「まったくだ。グレースの側につくには心臓の予備が必要になるな。マリはいくつ持ってきた?」
ドーラの小言は、悪乗りしたラルドにも向けられた。
「坊ちゃまもです!御自ら屋根に上るなどなさらないでくださいませ。なんのために私どもがいると思ってらっしゃるのです」
三十路近いラルドは「坊ちゃま」呼ばわりされ首を竦める。年の離れた姉付きの侍女で、ラルドが産まれたときから近くにいたドーラにしてみれば、まだまだ青い。普段は礼儀作法に厳格な彼女でも、今回のことはよほど腹に据えかねたとみえる。
「おふたりとも早々にお部屋にお戻りになってください。マリ!そのコを連れていって今晩はけっして放さないように」
「か、かしこまりました」
怒りのとばっちりを受けたマリが、ジムを抱える腕に力を入れた。