猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
三日ほどを費やし、ここに着くまでに道中でみつけた道の補修箇所をまとめさせ、新王妃を出迎える砦の不備を確認する。報告書に目を通しながら、舗装が悪くずいぶんと揺れた道があったことを思い出した。

あれでは初めて長距離の旅をしたグレースも難儀だっただろう。

ごく自然にそのようなことを考えている自分に苦笑する。彼女より数日遅れで王都を出発したラルドは、妻の顔を見ていない日数を指折り数えてみた結果、思いのほか多くないことに驚いた。

それなのに、もう年単位で会っていないような感覚に襲われているのはなぜなのか。

砦の詰所にある執務室の無骨な窓から外の様子を窺う。まだ十分に日は高い。これから馬で屋敷に向かえば、明るいうちに到着するはずだ。

同行者にはこれから王都に戻る者、領に残って束の間の休みを過ごす者など様々いるが、王にもらった休暇を過ごす屋敷までラルドについてくる者はごく僅か。

一通りの仕事が終わっていることを再度確かめ、ラルドは従者を呼び寄せた。

「僕は馬で先に屋敷に戻る。おまえたちは、支度してゆっくり来るがいい」

執務机の上をざっと片付け、おもむろに椅子から立ち上がりった主人に面食らう。

「いますぐですか?まだ、お屋敷には知らせを送っていませんが……」

「自分の家に帰るのにその必要はないだろう。じゃあ、あとはよろしく」

大慌てでかけてあった外套を差し出した従者からそれを受け取り、ラルドは厩舎へと足を向けた。普段通りだったはずの歩幅は徐々に大きくなり、動かす速度も増していく。

突然駆け込んできたラルドに馬番が驚いて、馬にやるための水を張った桶を取り落としていた。

「すぐ出せる馬はいるか?」

切羽詰まった口調で言い寄られた馬番は、非常事態と勘違いして体格の立派な黒毛の駿馬に素早く鞍をつける。その間に身支度を調えたラルドは手綱を受け取り、あっという間に騎乗して砦をあとにした。

数日前に通過した街道を遡る。新しい領主に気づいた領民たちが帽子を取り頭を下げる間もないくらいの速さで、ラルドの馬は駆け抜けていく。

しばらく一本道だった街道に細い道が交わる分岐点で、馬の脚を緩めて一旦停まった。城館に行くにはここを右に曲がらなければいけない。それなのに、左側から吹いてくる風の中に混じる、まだ露地ものの季節には早い薔薇の香りを嗅いだラルドは、誰かに呼ばれるように馬首をそちらへと向けていた。
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