猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「ああ、それから。当時いらしていた各国使節の方々にも、確認を取られたほうがよろしいのでは?どなたからも、そのような質の悪いお話は訊かれませんでしたが」

招待客の中には周辺国の王や王子も数多くいた。自国には直接関係のない不確かな話を持っていったところで、相手にされないのは目にみえている。それを承知の上でラルドはけしかけているのだ。

「もしフィリス王女が男だったと知ったら、求婚までされた王子はどう思われるでしょうね」

ラルドの薄笑いを見て、リオスはぎりりと奥歯を噛む。
余計な詮索をして恥をかかされた、という怒りの切っ先がバルダロンに向けられぬとも限らないのだ。都合の悪いことに、彼の国とバルダロンは領土を接している。
リオスは深呼吸をして気を落ち着かせた。

もともと隣国よりも強固な結びつきを求めるため、なにか有利になるものはないかと探っていた中で、偶然得た情報である。これで縁組が破談にでもなったら本末転倒だ。

当時の国王の名のもと、内外的にも死亡を公にされた王族の性別が、いまさら男でも女でも、バルダロンにとってはたいした違いはないと考えを改める。自国の姫が嫁ぐ相手が王座に即いている限り、何ら問題はないのだ。

「それとも、彼女が沈んだ湖の底でもさらいますか?ここから少し戻ったところにありますが」

ラルドが駄目押しをすれば、リオスは降参の意味で首を横に振る。

「薄幸の美姫の静かな眠りを妨げるようなことはできません。どうかこの話は、娘のように慈しんだ姫に嫁がれる臣の世迷い言だと思い、聞き流していただけると助かります」

リオスの表情が、ようやく外交官としてのそれに戻った。ラルドも瞳の色を和らげ、穏やかな微笑みを返す。

「こちらも初めて妃を外から迎えるため、いろいろと不慣れな点があることをお許しいただきたい。リオス殿が大切になされた姫君。我が国の王妃としてお迎えできる悦ばしい日を、いまから心待ちにしております」


騎士だった昔を彷彿させる毅然とした馬上の背中が国を隔てる門の向こうへ消えたのを見届け、ラルドは深く息を吐き出した。
リオスが余計なことを言い出したのがここで助かった、と心底安堵する。声は潜められていたが、万一誰かの耳に届いていたとしても、周囲にいるのは伯爵家に仕える自領の者ばかり。ヘルゼントの負となることはするまい。そう信じる。
< 82 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop