猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
◇
白薔薇館へ続く道を走っていたラルドは、路肩に停められた覚えのある馬車をみつけ、黒馬の手綱を引く。
「マシュー。こんなところでなにをしている?」
呼びかけに、御者席でうたた寝をしていた老人がハッと目を覚ます。
「ぼ、坊ちゃま!?どうしてここに?」
古参の使用人である彼のあいかわらずの呼び名に渋面を作りつつ、ラルドは再度問う。
「それはこちらが訊いている。……誰も乗っていないのか?」
窓から中を覗いてみても、車内は空だった。
「奥様が、この奥の温室に行かれたんですわ」
マシューはのんびりと林に伸びる道を示す。それが言い終わらないうちに、ラルドは躊躇いもなく騎乗したまま林の中に入っていった。
幾度となく通った道を進めば、ほどなく木々の間に温室が姿をみせる。
ここは、ロザリーの父親が家を傾けてまで造った、あの薔薇を栽培するための施設だった。そこにさらなる手を入れ、今はヘルゼント家が管理し薔薇栽培と精油や薔薇茶などの副産物の研究を続けている。
ラルドは適当な木に馬を繋いで建物に近づく。畑の方に人を回しているのか、温室の周りは人気がなく静かだった。
入り口に向かおうとしたが、切り株の上で人が項垂れているのをみつけ近寄る。目は閉じられているが、身体にかけられている布が微かに動いているので、ただ単に寝ているだけか。
「マリ。起きなさい」
姿のないグレースのことを訊ねようと肩に手を置いた途端、跳ね起きたマリが抱えていた短剣を振り回す。幸い鞘はついたままだが、目を瞑ったまま滅茶苦茶に腕を動かすので危ないことには変わりがない。
「イヤーっ!こっち、来ないで!!」
いくらラルドが声をかけても混乱しているマリの耳には届かず、狂気じみた悲鳴が静寂だった空気を切り裂く。
勢いでとうとう鞘が外れて地面に落ちた。不規則な軌道を描く刃がラルドの髪を掠め、数本切り落とす。収拾が付かない状態に舌打ちして、ラルドは落ちていた肩掛けを拾いあげた。
「落ち着きなさい、マリ。僕だよ。ラルドだ」
後ろに回り込み、広げた布を頭から彼女に被せ腕の中に抱える。しばらくジタバタと暴れていたマリが、耳元で発した声にピタリと動きを止めた。今度は身体全体を震わせているのが腕に伝わってくる。
白薔薇館へ続く道を走っていたラルドは、路肩に停められた覚えのある馬車をみつけ、黒馬の手綱を引く。
「マシュー。こんなところでなにをしている?」
呼びかけに、御者席でうたた寝をしていた老人がハッと目を覚ます。
「ぼ、坊ちゃま!?どうしてここに?」
古参の使用人である彼のあいかわらずの呼び名に渋面を作りつつ、ラルドは再度問う。
「それはこちらが訊いている。……誰も乗っていないのか?」
窓から中を覗いてみても、車内は空だった。
「奥様が、この奥の温室に行かれたんですわ」
マシューはのんびりと林に伸びる道を示す。それが言い終わらないうちに、ラルドは躊躇いもなく騎乗したまま林の中に入っていった。
幾度となく通った道を進めば、ほどなく木々の間に温室が姿をみせる。
ここは、ロザリーの父親が家を傾けてまで造った、あの薔薇を栽培するための施設だった。そこにさらなる手を入れ、今はヘルゼント家が管理し薔薇栽培と精油や薔薇茶などの副産物の研究を続けている。
ラルドは適当な木に馬を繋いで建物に近づく。畑の方に人を回しているのか、温室の周りは人気がなく静かだった。
入り口に向かおうとしたが、切り株の上で人が項垂れているのをみつけ近寄る。目は閉じられているが、身体にかけられている布が微かに動いているので、ただ単に寝ているだけか。
「マリ。起きなさい」
姿のないグレースのことを訊ねようと肩に手を置いた途端、跳ね起きたマリが抱えていた短剣を振り回す。幸い鞘はついたままだが、目を瞑ったまま滅茶苦茶に腕を動かすので危ないことには変わりがない。
「イヤーっ!こっち、来ないで!!」
いくらラルドが声をかけても混乱しているマリの耳には届かず、狂気じみた悲鳴が静寂だった空気を切り裂く。
勢いでとうとう鞘が外れて地面に落ちた。不規則な軌道を描く刃がラルドの髪を掠め、数本切り落とす。収拾が付かない状態に舌打ちして、ラルドは落ちていた肩掛けを拾いあげた。
「落ち着きなさい、マリ。僕だよ。ラルドだ」
後ろに回り込み、広げた布を頭から彼女に被せ腕の中に抱える。しばらくジタバタと暴れていたマリが、耳元で発した声にピタリと動きを止めた。今度は身体全体を震わせているのが腕に伝わってくる。