猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
ラルドがおもむろに縛めの腕を解くと、マリは恐る恐る肩掛けを外して真っ赤な顔を出した。

「旦……那、様?うそ……」

ラルドを確認したマリは、みるみるうちに青く顔色を変え、手にしていた短剣を放り投げて地べたに膝をつく。

「申しわけ、ありませんっ!わたし、なんてことを……」

自分のしでかしたことに声と肩を振るわせ、目から溢れた涙が次々と頬を伝う。それをラルドは冷ややかに見下ろした。

「君が仕事中に居眠りをしていたことや僕に剣を向けたことは、とりあえず今はどうでもいい。グレースはどこ?」

これだけ騒いでも姿を見せない。温室付近にはいないと考えて間違いないだろう。
感情の消えたラルドの言葉に、マリは涙を落としていた地面から顔を上げる。

「奥様ですか?」

きょろきょろと辺りを見回したマリの顔から、さらに血の気がなくなっていった。

「鍵が……誰もいなくて……。待っていたのに……」

ラルドは苛立つ気持ちを抑え、しゃくりながらぼそぼそと零される言葉の断片を根気よく拾う。

「行き先に心当たりは?誰かに連れて行かれた可能性はあるのか?」

詰問したところで、マリはもげそうなほど首を横に振り続けるだけ。時間の無駄とばかりに、周囲を探すため彼女に背を向けた。
もし見つけられなければ、早々に捜索の手を広げなければいけない。

「待ってください!わたしも……」

「君はここを動くな。行き違いなっても困る」

迷い人が増えるのも御免こうむる。
冷たくあしらわれたマリが表情を歪ませ唇を噛む。その前を優雅に蝶が通り過ぎた。

「……あっ!」

小さな叫びを不審に思ったラルドが振り返る。

「蝶を追いかけようとなさっていました。その小道を!」

指差した方向を見て、その先にあるものを知っているラルドは目を細めた。

「そう。ありがとう」

馬が使えない道を苦々しく思いながら、丘の上に続く小道を走りだす。

墓守を任せているセオドールがこの道を定期的に使っているおかげで、足を進めるに苦はない。しかし、お姫様育ちのグレースが、わざわざここを通る理由を考える。
ふたりの墓の場所を知っていた可能性もあるが、それなら黙ってひとりで行くこともないだろう。

「まさか本当に蝶を追っていったんじゃないだろうな」

上がる息の下で独りごちる。
彼女ならそれも十分あり得そうだ、と場違いにも浮かんだ笑みが引っ込められるのは、それからすぐのことだった。


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