ほしの、おうじさま
やっぱりあの就活の時期、諦めずに投げ遣りにならずに、がむしゃらに頑張ってみて良かった。
この会社に入れて、星野君と同じ勤務地になれて本当に良かった。

などと、心の中でうっとりと自分の幸運に酔いしれていた私であったが。

『げ、星野』


すぐにその至福の時は終わりを迎えた。
背後から、超絶に憎々しげで忌々しそうな呟きが聞こえて来たから。

……もしかしなくても、とんでもなく野太くてふてぶてしくて鼓膜を通してではなく直接脳に響いてくるようなこの声は…。

「あ、お疲れさま」

位置的にすぐに気が付いたようで、淹れ立てのコーヒーをブラックのままさっそく一口すすっていた星野君は、私の背後に視線を向けながらこれまたにこやかに挨拶を繰り出した。
私にも話しかけてくれるぐらいなんだから、そりゃあ同性の彼を無視する訳がないよね。
先ほどの邪悪な声は星野君の耳には当然届いていないだろうし。
仕方なく私も振り向き、その人物に「お疲れ様」と挨拶した。
出入口付近で足を止めていた、相変わらず無駄に眼光が鋭い、仏頂面を貼り付けた阿久津大君に。

「……おつかれ」

全く抑揚が感じられないぶっきらぼうな声音ではあったものの、一応社会人としての最低限のマナーは身に付けているようで、阿久津君も私達にそう挨拶を返しながら室内へと足を踏み入れた。
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