好きにならなければ良かったのに

 会社の営業部では入社早々に休む美幸が話題に上がる。美幸も本意ではないのだが立て続けに休むとなると他の社員の手前、勤務がやりにくくなる。

 けれど、背に腹は変えられない。そんな状況に陥っている美幸は幸司と一緒に、父親の入院する病院へと向かう。そうとは知らず、職場では美幸の欠勤と幸司の遅刻の連絡が営業部一課に伝えられる。

「怪しいと思わない? ね、晴海ちゃん?」
「何が?」
「美幸ちゃんだけならまだしも、あの仕事の鬼の課長までもだよ?」

 吉富が、晴海が座るデスクの隣へやって来ては、隣の椅子に腰かけ晴海に纏わりつく。就業時間なのに吉富は自分の仕事に取り掛かろうとはせずに、晴海の傍で時間つぶしをしている様にしか見えない。それを横目で見た香川が舌打ちする。

「あ、今、舌打ちしましたね。香川先輩、それあんまりじゃないですか?」
「……」

 鬱陶しい吉富を無視し自分の仕事に専念する香川は、パソコンと資料とを交互に見ては吉富の存在など無いように振る舞う。

「何だよ、美幸ちゃん自分の部下に出来なかったからと、俺に当たらないで欲しいなぁ」
「大石の配置がどこになるのか課長からはまだ何も聞かされていないが。吉富はもう聞いているのか?」
「聞かなくても分かってるでしょ?」

 吉富の悪ふざけの様に聞こえるセリフだが、誰もが吉富の言葉に耳を傾ける。仕事をする手を止めては美幸の配置がどうなるのか、皆が興味深々で聞いている。

「晴海ちゃんは、もう、今日から俺のものね~ そして、課長を補助する事務がいなくなったら困るでしょ? だとしたら、そこに誰が入るのか」
「そんなの課長の口から聞くわ! 憶測で物を言わないで下さいね、吉富さん。それに、私はまだ課長の補佐なの。吉富さんの事務補助は検討の段階であって決定事項ではないわ」

 晴海は確かにまだハッキリと幸司にそう指示を受けてはいない。現時点では、吉富に事務補助が必要な為、晴海を検討するとだけ言われているに過ぎない。そんな晴海の反応を見て香川は「だそうだ」とフッと笑って自分の仕事に戻って行く。

 その澄ました顔をする香川が気に入らない吉富は自分のデスクへと戻ると自分の仕事へと取り掛かる。

「今度の企画、香川先輩には負けませんからね」
「期待しているよ、吉富君」

 小馬鹿にした様な物言いをすると、香川は佐々木を呼び出し「今日で研修は最後だ」と営業部一課から会議室へと連れ出す。

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