好きにならなければ良かったのに

 珍しく手を取り合うようにダイニングルームへやって来た幸司と美幸を見て、屋敷の使用人達は皆驚きの顔を向ける。

 口をぽかーんと開けて呆気に取られた使用人達の顔を見て美幸はクスクス笑っている。しかし、幸司はあまり気分の良いものではなく、余程これまで自分がしてきた行いが悪いのかと、まるで極悪人気分に晒される。

「奥様、おはようございます」
「おはようございます、みなさん」
「おはようございます、奥様」

 使用人は誰もがにこやかな表情で美幸に朝の挨拶をしている。幸司はこの家の主は自分なのにと少々ムッとするも、美幸の嬉しそうな笑顔を見てたまにはこんな朝も良いものだと、文句言いたいところ口を閉ざした。

 この屋敷内で美幸のこんなに笑っている顔を見たことが有るだろうかと、少し考えながら美幸の顔を眺める。すると、幸司の視線に気付いた美幸が頬を赤く染めて俯く。目が合ったくらいで初心な反応を示さなくてもと、幸司は美幸の反応が不思議でならない。

 けれど、急に様変わりした幸司に美幸は心臓がドキドキして落ち着かない。父親の入院に哀れに思われてこんな態度に出られたとしても、それでも嬉しい美幸はソワソワしてしまう。

 幸司も美幸もテーブルに着くとナフキンを膝の上に広げ朝食の時間となるが、目の前に座る幸司の姿が眩しく見える美幸はつい俯き加減になって上目遣いで幸司の姿を見つめている。

 殆ど初恋に夢中になっている女子高生の様な姿に使用人達は微笑ましく二人を見ている。

「……あの、それで昨日は何時頃まで病院に?」
「青葉と少し話しこんでね。それより、お義母さんが少し疲れている様子だったから、その方が心配で」
「お母さんが?」
「お義父さんが入院したんだ。気苦労も有るだろうから美幸が支えてやるといい」

 父が一人で入院する筈はないと、きっと母も付き添っている筈と美幸は両親を心配する。何とか両親の手助けをしたいと思うも、会社員になった今は身動きが取れない。こうなると会社に入社したことを少し後悔する。

 これ迄、学生の間は時間も自由に使えた。けれど、社会人になると会社が優先で自分の事は二の次になってしまう。

「あ、今日、会社が……」
「休むしかないだろう」
「でも、入社早々こんなに休んでは」

 仕事を覚えなければならないのに、休んでばかりで仕事を覚える暇などないのではと思うと美幸は少し気が重くなる。

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