好きにならなければ良かったのに
---午後からの研修を終えた頃。
営業部一課へ戻って来た美幸と佐々木は、その日の業務終了前に課長デスクへと呼ばれる。そして研修指導をした香川も一緒に呼ばれていた。
香川と美幸、佐々木の三人が幸司の前に並ぶと、営業部一課の皆の視線が一斉にそこへと集まる。
「佐々木、大石、研修お疲れさま。短い期間で色々学ぶことも多くて大変だっただろうが、これからが本番だ。実際に業務に携わってもらうわけだが」
幸司の言葉に佐々木は来週からの仕事に興味深々な表情をして話を聞いている。いよいよ、ここの社員の一員としての仕事ができる。もう学生の様な勉強タイムは終わったのだと。
「月曜日の朝に誰と組んで仕事をするのかその時に説明をする」
「はい!」
研修だけでは物足りなく早く自分の実力を実践で確かめたいと意気込む佐々木に対して、美幸は来週から自分がどう扱われるのか少々不安でもあった。
幸司に自分の気持ちを伝え、その気持ちを理解して貰えたと思っていても、ここには幸司の愛人で元恋人の晴海がいるのだ。
幸司を支えたいと意気込む気持ちはあるが、しかし、晴海からの睨みを受けるとまるで自分が悪女になった気分にさせられる美幸は、折角高まる気持ちが一気に奈落の底へとつき落とされた気分になる。
「それから……」
幸司の言葉が止まりその視線は美幸へと送られる。フッと笑みを浮かべた幸司は頭を左右に振り少し頭を傾げる。
「月曜日から頑張ってくれ、君達に期待している」
幸司が新入社員に対して激励する様にも聞こえるが、それはあくまでも佐々木一人に向けられたものだと美幸は何となく感じ取る。それでも幸司を困らせたくない美幸は「はい」と元気良く返事をする。
幸司は香川の顔を見て一言「今年もお疲れさま」とだけ言って、デスクから立ち上がる。香川が軽く会釈すると「余計な事はするな」と、幸司の言葉が飛んでくる。
それを聞いた佐々木も美幸も一体何の話だろうかと、不思議そうに顔を見合わせる。佐々木が肩を竦めると幸司から「さっさと持ち場へ戻れ」と喝が飛ぶ。
ついさっきまでの和んだ雰囲気が嘘の様に、幸司と香川の周りには異様な空気が漂う。
「私情を挟むのを嫌っているのは相田だけではありませんよ。ここにいる社員全員がそう思っています」
香川の言葉に誰もが息を飲んだ。そして、その異様な雰囲気は二人の間だけでなく営業部一課全体へと拡がっていく。