好きにならなければ良かったのに
戸田の機嫌が悪そうに感じた幸司は不思議そうな顔をして、帰宅して行く戸田の後ろ姿を眺めていた。すると、そんな幸司を見て吉富が厭味っぽい口調で話しかける。
「課長、とっくに帰ったと思ったんですが。良かったんですか? 香川先輩と一緒に帰りましたよ、何でも病院へ一緒に行くんだって言ってね」
腕を組みながら口角を少し上げニヤリとした顔をして言う吉富。だが、幸司は何の話かさっぱり内容が見えずに、ここでもやはり不思議そうにしている。
「何が言いたいんだ? 吉富」
「別に、香川先輩が美幸ちゃんに近づくのは問題ないんですね」
「どう言う意味だ?」
吉富の言葉に苛つかされている幸司の隣で青葉が少し頭を捻りながら考えていた。少し考えて口を開くと。
「もしかして大石さんと香川さんが一緒に部長の病院へ行ったんですか?」
青葉がそう訊くと吉富はフッと笑うだけでハッキリとは答えない。
すると、横から晴海が口を挟んでくる。
「余程新人研修で接近したのかしらね? あの二人仲良さそうに一緒に帰って行ったわ。二人で部長のお見舞いへ行くんだって言ってね」
香川が何を考えているのかさっぱり見当の付かない幸司だが、見舞いを理由に部長に良からぬ話をしに行ったのかと胸騒ぎがする。
幸司は急いで自分のデスクから必要な書類を取り出しファイルへと入れると、営業部から出て行こうとする。
「課長、私も同行します」
「青葉。……大丈夫だ、一人で行く」
少し考えたものの一人で後を追うつもりでいる幸司は青葉の同行を断った。そして、ファイルを手に持つと急いで営業部から出て行く。
幸司の出て行く後ろ姿をジッと見つめていた晴海は目を細め唇を噛む。
「日下さん、少々お尋ねしたいことがありますが、宜しいですか?」
相変わらずの無表情な顔で晴海を見る青葉は、とても冷ややかな口調でそう訊く。
青葉はとても仲良く会話をしようという相手ではない。それはここに居る吉富だけでなく晴海もそう感じている。それに、晴海は自分が青葉に良く思われていないのも分かっているつもりだ。何と言っても自分はどんなに幸司からの愛情を受けていようとも愛人という立場にあるのだから。それを思い知らすのはこの青葉であり美幸の存在なのだ。