好きにならなければ良かったのに

 晴海は青葉と二人で話をしたいと思えない。だから、吉富を巻きこもうと閃いた晴海は、さも嬉しそうににっこり微笑んで吉富に話を振る。

「吉富さん、まだ時間大丈夫ですよね?」
「え?」

 青葉の姿を見るとそわそわした吉富が帰り支度を始めていた。しかし、あまりにも怖いくらいの笑みを晴海に向けられると体が硬直して動けなくなる。

「勿論、吉富さんつき合ってくれるわよね?」
「へ?」

 まるで悪魔の微笑みの様な晴海の笑みに、吉富はかなり顔を引き攣らせ額から冷や汗を掻きながら頷く。しかし、その足は帰宅しようと廊下の方へと向いている。

「吉富さんと一緒なら青葉さんの質問に答えますが、どうでしょうか?」
「よろしいですよ、あなたのすべてを彼に聞かれても良いのなら」

 晴海の顔がかなり歪むがそれでも頷いて吉富の方へと寄って行く。そして、その場から逃げようとする吉富の腕を掴むとギュっと抱きつく。

「晴海ちゃん?」
「私の彼なんです。何を聞かれても平気よ」
「そうなんですか、それは課長も喜んでいる事でしょう」

 にっこり微笑み返す青葉だが、その瞳は笑っていない。それどころか、恐怖感をたっぷり味わえるような笑顔に晴海も吉富も冷や汗を掻く。そして吉富の腕を抱きしめる晴海の手が少し震えていた。


 一方、香川と一緒に病院へ向かった美幸はどうなったのかというと。
 今は、香川の車の助手席に乗せられいた。静まり返ったその車内では美幸に緊張が走っているが、香川は平然といつもの表情で車を運転する。

 しかし、営業部で声を掛けられた時、何故父親である部長の病院へ行くことを知られていたのかと、それが不思議だった美幸はのこのことついて来てしまった。しかも香川の車にまで乗ってしまった。あまりにも軽率な行動だっただろうかと思いながらも、どうしても謎解きをしたかったのだ。

「香川さん、訊いても良いですか?」
「何故大石が部長の病院へ見舞いへ行くのを知っていたのかってことか?」

 まるで何もかも見透かされている感じがして急に怖くなる美幸は俯いて口を噤む。
 その様子を横目で見た香川はフッと笑うとハンドルを持つ手に力が入る。

「理由は幾つかある」

 香川の理由を聞きたくあるようで聞きたくもないと思える美幸は、俯いたまま考えていた。自分の素性を隠したまま入社したのに知られるはずはないと思って。

「一つ目の理由は、君の苗字が大石だということ」

 しかし、そんなあり触れた苗字なのだからそれは理由にはならないと美幸はそう思えた。

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