好きにならなければ良かったのに

「すまなかった。腕は大丈夫か?」
「少し痛みますけど」
「……手荒な真似をするつもりなかったんだ。君が素直に私と組むと言ってくれればそれで良かったのに」
「どうして、私ですか? 他にも社員はいます」

 美幸がそう言うと、香川には似合わず大きな声を上げて笑う。
 そして、美幸の顔を見ては恨めしそうな顔をして言う。

「だから君が部長の娘だからに決まっているだろう? それ以外何がある?」

 部長の娘だから、何度も聞きたくない言葉に美幸は俯いては頭を左右に振る。

「部長の娘だからって何も出来ませんよ。父からは営業のノウハウなんて聞いてませんし、そもそもついこの前まで学生だったんですよ」
「そんなの関係ない。大石部長の娘というのが必要なだけだ。それだけ君の父親は営業マンとして素晴らしい功績を上げた人だし、今もこの業界に君臨するような人だ」

 結局、香川が一緒に仕事をしたい大きな理由は、その君臨する部長の娘だから、ただそれだけだったのだ。美幸自身はどうでも良かった。
 きっと幸司も同じ様に思っているのではないかと、ふとそう思えた。最近のあの優しい幸司はきっと、美幸が入社したことで部長である父親に事の真相が全て知られるのを怖がったからではないかと、そう思えてならなかった。

「すいません。父の病室へは一緒には行けません」
「だろうな。すっかり何もかも話してしまうつもりはなかったのに。つい、君を課長の許に置くと聞かされて焦っていたんだろう」
「課長の?」

 課長である幸司と一緒に仕事をしているのは晴海の筈だと、美幸の脳裏に勝ち誇る晴海の笑顔が過ぎる。悔しいが現時点ではまだ幸司の心には晴海がいる。だから、そんな二人の姿を見るのはやはり辛いと思っている。
 そんな感傷に浸っていると、美幸が座る助手席のドアがいきなり開けられた。

「何をしているんだ?!」

 突然開いたそのドアの外には幸司がいた。それも、顔をかなり歪めて青ざめさせている。何事かと驚いた美幸は目を丸くして幸司を見ると、いきなり腕を掴まれ車から引きずり降ろされた。

「痛い!」

 さっき香川に思いっきり掴まれた箇所を幸司に掴まれると、香川の手形が残っているその腕にかなり痛みが走る。
 美幸の歪んだ顔に驚いた幸司が手を離すと、美幸の腕に手形がついているのが目に入り香川を睨みつける。

「お前がやったのか?!」
「すいません、ちょっと気が苛立ってしまったので。でも、彼女には謝罪しました」

 すると幸司は運転席側へと急いで回るとそのドアを乱暴に開け香川を車から引きずり下ろした。

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