好きにならなければ良かったのに
青葉は美幸が書庫から出て来たことに、この中で幸司と何かあったのだろうかと書庫へと入って行く。すると、青葉も奥の方から聞こえる声に気付き声の方へと近づいていく。
「もう、私達ダメなの?」
「晴海は既に吉富と関係を持ったじゃないか。もう、俺達の間には感情なんてなくなっていたんだよ」
「感情がなくなったのは私じゃないわ。あなたよ。あなたが私を裏切ったのよ。許さないから」
こんな二人の会話をもしかして美幸が聞いていたのではないかと青葉はそう思った。いったいどんな会話を聞いたからあんなに動揺したのか。余程、聞きたくない言葉を聞かされたのだろうと少し考える。
――ガタッ
幸司と晴海の背後の書棚から扉が開く音が聞こえる。慌てた晴海は音がする書棚とは反対の方へと逃げていく。
足音が遠ざかったのを確認して青葉が書棚から顔を出す。すると、そこには頭を痛めた幸司がいた。
「随分と揉めていましたね」
「晴海の奴、美幸に古い書類を渡していたんだよ。俺が美幸を選んだものだから徹底して嫌がらせする気なんだろう」
「日下さんには困りましたね」
幸司も恨めしそうな顔をして大きな溜息を吐く。しかし、そんな幸司を見て青葉は厳しい言葉をかける。
「そもそもあなたが二人の女性を翻弄させているんですよ」
「分かっている。美幸と結婚した時点で晴海とは別れるべきだったんだ」
「最近までずっと日下さんとの仲は続いていたんでしょう?」
気まずそうな顔をした幸司は返事を返さない。返す言葉が見つからない。
「昔は晴海は可愛かったし、とても素直で良い女だったんだ」
昔を懐かしんだ様な顔をしてそう言うと、幸司は青葉の顔を見て言葉を続ける。
「あんな嫉妬深い女に変えたのは俺なんだろうな」
少し悲し気な顔をして書庫から出て行く幸司の後ろ姿を見ていた青葉は、かける言葉が見つからず立ち竦む。
「社長は残酷なことをされた」
青葉も幸司と晴海の関係は長年気になってはいた。元々、二人が恋人同士だったことも知っている。二人がいつかは結婚し家庭を持つのではないかと思った時期もあった。しかし、そんな時、社長命令が下り会社の後継者となるべく幸司に営業部長の一人娘の美幸との縁談が持ちあがった。
会社の後継者となるものだと信じていた幸司には、この結婚は絶対であり恋人の存在を隠す必要があった。
「後継者の為に恋人を切り捨てた……か。会社を取るか女を取るか。その答えは気まっているが」
青葉のその言葉は誰もいない書庫に響いていた。