好きにならなければ良かったのに
営業部一課へと戻って行った幸司は、まだ誰もいない営業部で一人だけデスクで仕事を始めている美幸の許へと行く。そして手に持っていた資料をデスクの上へと置く。
デスクに置かれた資料を見て顔を上げる美幸だが、その表情はとても暗く沈んだ表情をしている。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「あ、大丈夫です」
また以前の様なよそよそしい美幸の態度に、幸司は資料を取ろうとする美幸のその手を握る。するとビクッと体を震わせて怯えている様にも感じる美幸に幸司は目を細める。
「美幸」
「あの、これは何ですか?」
美幸はあくまでも社内では夫婦ではなく上司と部下として接する。ならばと幸司も美幸の手を離し資料を渡す。
「夕べ見ていたあの資料は古いものだ。こっちが今使っている資料になる」
「え? でも、これって今の企画で」
晴海に渡された資料を手に取りそれを見比べる美幸の顔は困惑している。
「いや、日下がワザとお前に古い資料を渡したんだ」
「どうしてそんな事を?」
美幸は自分が入社して晴海と幸司の仲を邪魔した所為かと思えた。あれほど思い合っている二人の邪魔をしているのに、会社へまで追いかけるように入社し同じ部署へ配属されれば、美幸は晴海にとって十分に煙たい存在だと分かる。
「ごめんなさい。私が会社に入らなければ良かったのよね。ううん、結婚したことが間違いなんだわ」
「何言っている。そりゃあ確かにお前の会社務めには反対だ。でも、美幸のいろんな姿を見られて俺は良かったと思っている。今では美幸がここにいてくれるのが俺は嬉しいんだ」
晴海に「愛している」と告白したばかりのその口で、そんな嘘が平気で言える幸司が信じられなくて美幸は思いっきり顔をそむけてしまった。
本当は信じるつもりだった。幸司があれほど守ると約束してくれたのだから。なのに、その翌日には裏切られるとは思わなく、もう幸司とはいられないとそう思えてならなかった。
「すいません。私、会社を辞めます」
幸司の傍にいられない。手伝いたいなんて何ておこがましいのだろうかと美幸は自分の浅はかさを恨んだ。そして、一生懸命尽くせばいつかは分かって貰えるなどと、そんな自惚れた考えがそもそも間違っていたと気付いた。
「美幸、何を言うんだ? お前は俺を手伝う為にここに居るんだろう?」
「もう傍にはいられない」