好きにならなければ良かったのに

 美幸一人が写っている結婚式の時の写真。まだ、幸司の恋人の存在を知らず幸せに満ちている時の写真だ。

「そうだ、名札……」

 暫く写真を見ていた幸司だったが、手もとにある名札を思い出し、財布を折り畳みスーツの胸ポケットへ仕舞う。名札を手にすると営業部から出ていき社員食堂へと向かった。

 美幸の名札を持ってきたのは良いが、美幸が社員食堂で昼食を取るとは限らない。何処で食事をするのか検討がつかないのに、何故名札を持ってきたのだろうかと、再び眉間にシワを寄せていた。

 この日も何度溜め息を吐いただろうかと、思わず数えたくなるほどに溜め息がでる。今も名札を見ては溜め息の連続だ。邪魔なモノを持ってきたものだとポケットにし舞い込もうとしたとき、美幸の笑い声が聞こえたような気がした幸司は周りを見渡した。

「み……」

 すぐ目の前に美幸の姿を見つけ、思わずいつもの調子で『美幸』と名前で呼ぼうとした。しかし、美幸はここでは大石姓を名乗っている。自分とは夫婦と知られたくないのだろうと、呼び掛けた名前を止めた。

 それに、今、美幸は一人で食事に来ているのではない。同じ新人の佐々木と二人並んで食事をしている。楽しそうに笑いながら話す美幸を見て名札をポケットに引っ込めると券売機の方へと行く。

 財布を取り出そうとしたが、その手を止めると社員食堂から出てしまう。

「榊課長、もうお食事はお済みですか?」

 幸司へ話しかけてきたのは他の課の課長だ。社員食堂から出てきた幸司を見て、もう食事を済ませたと誤解したようだ。

「いえ、気分転換に外へ食べに出ようかと思いまして」
「たまには外飯も味が変わって良いものですよね」
「そうですね」
「だけど珍しいですね。榊課長が外で食べるのは。いつも社食を利用されていますからね」

 確かにいつも社員食堂を利用している幸司だが、今は外へ食事へ行きたい気分だ。昨日からイライラの連続で神経がすり減っては頭痛の絶えない二日間に胃が痛くなりそうだった。

 それに、これ迄は昼間に美幸の姿を見ることなど無かった。朝に家を出てから帰宅するその時間までは。なのに、朝から会社のデスク前には美幸の姿があり、昼食時間になってもいつも利用する社員食堂にも美幸の姿がある。



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