好きにならなければ良かったのに
自宅以外で美幸の姿を見ることの違和感にどうしても慣れない幸司は、少しでも美幸から姿を隠そうとするように離れていく。
「昼飯は、何を食べようか?」
自分にそう訊きながら頭を捻る幸司はエレベーターに乗り一階へと降りるとエントランスへと向かう。社屋から出ると社内の淀んだ空間と違い外の清々しくて美味しい空気に和んでいる。
(さて、何処へ行こうか?)
商談で利用する店なら知っているものの、手軽に食べることのできる食堂など知りもしない。幸司は行く宛もなくただぶらりと会社前の歩道を歩き始める。
会社周辺は賑やかな街並みが続く。ビジネス街に建つ社屋の回りには同じような大きさのビルが建ち並ぶ。周辺はビルだけでなく様々な店の建物も建っている。洋服店やお食事処が幾つも集まったファッションビル等も並んでいる。
しかし、日頃利用したことのないファッションビルへはとてもじゃないが足が進まない。すると、そんな中に居酒屋が「昼定食してます」と言う小さな黒板を店先に出していたのが目に入った。取り敢えず定食が食べられるのならとその居酒屋へと入って行く。
店へと入るとそこそこビジネスマン風の男性たちの姿がチラホラと見える。夜は居酒屋になるだけに厨房の前にはカウンターが長々と並んでいる。カウンター席以外は座敷になっていて、それぞれが間仕切りで仕切られ個室の様な空間が出来ている。
カウンターは既に満席で午前中の仕事を終えた男性たちが疲れた顔をして食事をしている。仕切られた座敷は、そこも多くの客が既に腰を下ろし美味しそうに昼定食らしい食事をしている。
「お一人様ですか?」
「はい、カウンター席でもいいのですが」
「座敷の方が空いていますので、そちらへどうぞ」
一人なのに四人掛け用のテーブルへと案内されそこへ腰を下ろす。混む時間帯なのに一人で一空間を使うのは気が引けるが、店員の案内なのだからと少し遠慮気味に座る。
「何になさいますか?」
氷を浮かべた冷たい水の入ったガラスコップをコトンっとテーブルの上に置く店員。忙しいだろうに笑顔を絶やさず対応をしてくれる。
「ああ、入り口の所に書いてあったあの昼定食て言うのをお願いします」
「今日の定食ですね。今日はメンチカツですがよろしいですか?」
「それでいいです」
店員の明るい対応が少し暗くなりかけていた幸司の心に火を灯す様なそんな気分にしてくれる。