好きにならなければ良かったのに

 靴を履いた二人は会計票を手に、幸司が入って来た方へと向かって行く。当然の様に幸司の座席の一つ奥に座っていた二人は幸司の前を通っていくのだが、二人は急いでいた為か幸司の存在に気付かずに会計受付のレジカウンターへと向かう。

(やはり吉富と戸田か……)

 大きな溜息を吐きながら出された定食を食べ始めるのだが、どこか食欲がないのかあまり箸が進まない。所々に箸を突きながら少しだけ口へと運ぶも、その間も溜め息ばかりが出てしまう。

(そう言えば香川は美幸を自分の補佐にしたがっている。それは美幸を外回りをメインにさせる為か? それとも何か他にあるのだろうか?)

 美幸が社内の男性社員に見初められるほどの女には見えないが、それでも確かに結婚当時に比べると女らしくなったのは認める。それも当然で美幸はもう十八歳の小娘ではないのだから。今年で二十三歳になる立派な女性なのだ。

(やはり美幸を辞めさせたいが……)

 しかし、自分の一存ではどうにもならないと思うと、ここはやはり上へ伺いを立てるのが早道かとそう思えてならない。善は急げではないが、こういうことは早いに越したことはない。直ぐに胸ポケットから携帯電話を取り出すと父親である榊セキュリティ(株)の社長へと電話を入れる。

「幸司です」
『こんな時間にどうした?』

 今日の今の時間は社長室に居ると聞いていた幸司だったが、電話の先の音は建物の中とは思えない雑音が聞こえてくる。急な出張か商談でもあったのだろうかと耳を澄まして聞くと、その雑音に混ざって幸司の母親の声が聞こえる。

「今、自宅に居るんですか?」
『ああ、母さんの誕生日でね。お祝い兼ねてちょっとしたランチを一緒に食べている所だ』
「誕生日? そんなのは夜にお祝いしてやったらいいじゃないですか?」

 とは言ったものの、この日の夜は大事な得意先との会食が入っていることを思い出した幸司は、余計な事を言ったと口を噤んだが既に遅かった。

< 48 / 203 >

この作品をシェア

pagetop