好きにならなければ良かったのに

「あの、これは今回は課長が力を入れている企画では?」
「ああ、そうだ。少し用があって席を外すからこれを頼む。お前もこの企画のメンバーの一人なんだ。もう少し力を入れてくれ」
「それは構いませんが、私が日下さんと一緒にシステム課へ行っても良いのですか?」

 余計な質問をしたと思った吉富は思わず口に手を当てる。そして『しまった』と言わんばかりの表情をすると、二人のやり取りを見ている他の社員らがクスクスと笑いだす。しかし、幸司はそんな周りの反応など気にもせずに平然としている。そして吉富を見るとフッと笑った様な顔を見せて言う。

「二人ともこの企画のメンバーだ。二人仲良くデモ用プログラムのチェックをしてきてくれ」
「分かりました」

 『どうもイマイチよく分からない』という顔をしながらもそんな返事を返す吉富。それを見ていて不愉快に思ったのが晴海だ。昼食を断られたのは周囲の目があるからと分かるが、午後からのシステム課でのデモ用プログラムのチェックは、仕事なのだから誰の目も遠慮することはないのにと、そんな事を考えて苛つかせている。

「晴海ちゃん、そんな怖い顔するなよ」

 晴海の所へやって来た吉富が表情を強張らせて晴海に声を掛ける。しかし、気分を害した晴海は吉富を見ても愛想笑いをするでなく、ジロリと睨みつける様な視線で見ているだけ。

「課長でなくて悪いが俺と一緒にシステム課へ行ってくれるだろう?」
「仕事ですからね、行きますよ」

 かなり冷たい口調の晴海だが、幸司はそんな二人のやり取りなど目には入っていない。二人が言い合いをしている最中に幸司はデスクを離れ新人研修をしているはずの会議室へと向かう。

(そうだ、名札を……)

 スーツのポケットに美幸の名札を入れたままにしていたのを思いだした。営業部へ戻って来た時に渡せば良かったのに声を掛けられずに渡していない。あの時声を掛けていればわざわざ美幸の姿を探す必要などないのにと、そう思いながらも夜の母親の誕生日のお祝いの事も頭を過ぎる。

 名札を渡したいのもあるが、誕生日のお祝いがあるのを何故自分に報告しなかったのか、それを美幸に問い質したい思いで、今は頭の中にはそれしかなかった。そして香川と二人だけの会議室では何が起きているのかそれも気になり、会議室へと向かう足も速くなる。

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