好きにならなければ良かったのに

「夕べ、酒に酔って帰って来てそんな状態じゃなかっただろう?」
「いたい……離して」
「誰と飲んで来たのかは知らないが、人妻が遅くまで遊んで帰らないとは、普通ならこんなこと」
「何だって言うの? 誰の所為で飲んで来たと思っているの?」

 いつもなら黙って見過ごす筈の美幸。何を言われてもどう言い返せばいいのか分からなった美幸だが、今は違う。昨夜、幸司と晴海の姿を見せつけられたのだから、自分だって多少の付き合いくらい許されるはずだと、そんな気持ちが強まる。

 今まで、こんな反抗的な目をされたことのない幸司は逆に戸惑って掴んでいた手を離す。

「悪かった」

 美幸は掴まれた腕から幸司の熱を感じると咄嗟に腕を引っ込め後ろへと回す。掴まれた所が熱くて体が変になりそうだった。最近、触れられていないだけに妙な気分になる。

「……美幸?」
「あ、その。ごめんなさい。私の代わりにお母様の所へ行ってあげて。私が行くよりはあなたが行った方が喜ばれると思うの」
「……?」

 幸司に触れられるだけで体がこれだけ熱くなるのが恥ずかしくて、顔までもが少し赤くなっているのが自分でも分かる。バカみたいに心臓がドキドキしているのが幸司に伝わりそうで、愚かな自分を隠したくて俯く。

「気分でも悪いのか? 昨日も、倒れただろう?」
「ち……違うから。ごめんなさい」

 美幸はこれ以上話を続ける自信がなくて給湯室から逃げだした。顔が赤く染まっている状態で会議室へは戻れなくて、急いで女子トレイへと駆けこむ。
 すると、女子トイレから出て来た晴海と鉢合わせしてしまう。こんな所で二人だけで顔を会わせるとはと、美幸は心臓がドクンと跳ねた。

「奥様」

 晴海の口から出て来たセリフは美幸を奈落の底へ突き落とすそんな言葉に聞こえた。

「……あの、何の事かしら?」

 直接顔を合わせたことなどこれまで無かった。でも、幸司が晴海と会っている姿を何度か目にしたことはある。それは全くの偶然で、幸司の運転する車の助手席に座る晴海を見ていた。そして、昔のアルバムも…………
 その時の写真が頭を過ぎると美幸は晴海を無視しトイレへと入ろうとする。

「みゆ……き」

 給湯室を出て行った美幸を追いかけて来た幸司が声を掛けるが、美幸と晴海の二人の姿を見て足が止まる。
< 53 / 203 >

この作品をシェア

pagetop