好きにならなければ良かったのに
もしかして、さっきのやり取りを聞かれたのだろうかと思わず体が強張った。かなり顔もひきつる美幸は表情を読み取られないように俯く。
「仕事は定時で終わるよね? 新人研修の最中なんだし」
「でも、今夜は私は」
「暇でしょ?」
美幸の顔を覗きこむ吉富の顔はとびきりの笑顔で嫌と言わせない威圧感がある。幸司の怖い印象のソレとはまた違っている。
結局、吉富の笑顔が逆に怖くて断れなくなる。吉富は美幸と強引に約束を取り付けると軽い足取りで営業部へと戻って行く。
それに対して美幸は重い足取りで会議室へと向かう。
午後からは特にまだ何もしていないのに、かなり気力体力を使い果たしたように感じる美幸。
今日の午後は社内を回るはずなのにと、それが苦痛に感じてしまう。今度は何処であの二人と鉢合わせするだろうかと。
「遅くなりました」
かなり疲労感一杯で戻る美幸を見て、香川も佐々木も妙な顔つきをする。『やはり何かあったのだろうか』と、目を細める香川に対し、佐々木は昨日に引き続き課長に呼び出された事で体調を崩したのかと心配気な様子を見せる。
「あの、お二人とも私は大丈夫なので」
声に出ずとも、二人の考えそうなことは顔を見れば一目瞭然で、美幸がそんなセリフを言うのも頷ける。すると、香川と佐々木は顔を見合わせては苦笑する。
「本当に君は初日からお騒がせな新人だな」
「す、すいません」
「いや、良い意味での話だから」
また謎めいたことを言う香川。席から立ち上がり資料を重ねると新人の二人を見て「行くぞ」と声をかける。佐々木は準備が出来ていたらしく手に荷物を持つ。美幸はそんな二人を見て慌ててテーブルの上の荷物を片付ける。
「さっさと行くぞ」
「はい!」
バタバタと荷物を手に持つと香川と佐々木に遅れないようにと小走りで後を追って行った。
誰もいなくなった会議室。静まり返ったその部屋のドアが再び開く。
「大石部長、こんな場所で申し訳ありません」
「いや、それは良いのだが。青葉君、その大事な話しとは?」
「実は課長のことです」
「やはり、社内の噂は本当なのかね?」
辺りを見渡し誰もいないのを確認した青葉と呼ばれる男がドアを閉める。