好きにならなければ良かったのに

 自分の寝室にしていた部屋。この四年間眠った部屋。一人でどれだけ泣いてきたか。この部屋で深夜に声を殺しながら泣き続けてきた。

 この家の中で唯一の一人になれる部屋。心の拠り所だった部屋なのに。自分の部屋はすっかり様変わりしていた。

 あった筈のドレッサーがなくなっている。自分のベッドもない。いつもスツールに腰掛け窓から幸司が夜出ていく姿を涙して見ていた、あのスツールも無くなっていた。

 もぬけの殻の状態に思わず床に座り込んでしまう。

 連日酒に酔って帰ってきたのがそれほど幸司を怒らせたのか、或いは、働き始めたのが原因なのか。

 きっと、家にいて妻として大人しく幸司の言いなりになっていれば、こんな仕打ちは受けなかっただろうし、子どもさえ生んでいれば少しは変わっていたかもしれない。

「奥様! さあ、お部屋へお戻りになってください。旦那様がお帰りになるまでにその二日酔いを早く治さなくては」
「そうですよ、旦那様は今夜は早く帰るからと仰ってましたよ」

 いつも遅い帰宅しかしない幸司が何故早くに帰宅するのか。冗談にしては質が悪いと苦笑する。

「あの人が早く帰るの?」

 そんなことは有り得ない。今まで仕事と言って残業する日が多く、早い時間に帰宅することは滅多になかった。きっと、晴海と過ごしていたに違いないと、会社で二人が寄り添うように仕事の話をしている時の姿が目に浮かぶ。

「今夜は奥様と一緒に夕食をとると厨房の方へわざわざ連絡があった程ですよ」
「厨房の者は何かのお祝いでもあるのかと、凄く張り切ってましたよ」

 どうやら、本当に今日は早く帰宅するようだ。それは連日飲み歩いた妻が、今日も飲みに出掛けないように監視するためのものだろうかと、ついそんな疑いの目で見てしまう。

 幸司が何故急にこんな態度に出るのか。美幸には、会社勤務を始めてからの幸司の変化についていけない。

「さあさ、奥様。お部屋へ戻りましょう」

 使用人に言われるまま幸司の寝室へと戻って来た。今日からこの部屋が自分の部屋で、幸司のベッドが自分のベッドになるかと思うと、体の奥から何か熱いものが沸き上がってきそうだ。

 そして、その熱い何かに頭まで痺れて今夜は甘い時間を過ごせそうな期待をしてしまう。そんな望みは薄いと分かっているのに…………
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