好きにならなければ良かったのに
営業部一課の連中がどんな会話をしていようが、幸司には関係なかった。如何にしたら美幸が会社を辞める気になるのか。今の幸司の頭の中にはそれしかなかった。
車を走らせ自宅へ帰ってきたのは、珍しくもまだ外が少し薄暗い程度で、闇夜になるには時間があった。外灯がなくとも玄関までの足下はよく見える。
こんなに早く帰宅したのはいつの頃だっただろうかと、ふとここ数年の生活を思い返していた。
「ないなぁ、こんなに早く帰宅したのは…………」
空を見上げるとまだ沈み行く太陽の微かな明かりで、夜空になりかける天空に輝く星の姿は見えにくい。だが、屋敷から漏れる灯りは庭を照らし始めている。
そこへ携帯電話の着信音が鳴り響く。着信音からそれが誰からの電話か、鳴り別けをしている幸司は確認しなくとも分かっている。それが青葉からの電話だと分かると、一旦電話を持ち車内へと戻ると通話ボタンを押した。
「俺だ、何かあったのか?」
『大石部長の件です。本人からも相談がありましたが、その前にどうしても課長にお知らせしたいことがあります』
「青葉、重要な話しか?」
『はい、奥様にとっては大事な話しかと。実はお見せしたいものがありまして……』
「今、どこにいる?」
今日、珍しく早い帰宅をした幸司の行動を知る青葉としては、呼び出しは申し訳なかったようで、言葉を少し詰まらせていた。しかし、美幸の一大事と聞かされては放置できない幸司は再び会社へと向かう。
『社では目立ちます。会社近くの喫茶店でお待ちしています』それだけ言って電話を切る青葉の言葉が頭から離れない。大石部長自ら相談があり美幸の一大事とはなんなのだろうかと。
急な会社勤めと何ら関係があるのかと幸司は落ち着かない。
(まさか、離婚話か? 例えそうであっても不思議ではないな。俺は未だに晴海と別れずにいるし美幸にはどうしても辛く当たってしまう)
握り締めるハンドルに力が入る。喫茶店までそれほど遠くなく時間はかからない。なのに、その道のりを遠く感じた。
喫茶店に着くと、既にテーブルに座って待っている青葉の姿を見付けた。喫茶店の一番奥のテーブルで待っていた青葉は、幸司の姿が見えると立ち上がり軽く頭を下げる。
そのテーブルへ行った幸司の前に、青葉は書類らしきものを差し出す。