好きにならなければ良かったのに
A4サイズの書類が入る封筒を差し出され幸司は思わず戸惑いを見せる。
「……これは?」
「どうぞ、ご自分の目で確認された方がよろしいかとお持ちしました」
幸司は一瞬離婚届なのかと唾を飲み込む。少し背中に汗を掻きその書類を受け取ると椅子へ腰かける。恐る恐る封筒の中身を確認するとそこには病院のカルテの写しが入っていた。
「美幸は病気なのか?!」
「いえ、奥様ではなくお父上である大石部長の方です」
美幸ではなかったと分かるとホッとした幸司は手にした書類をテーブルへ置く。
「申し訳ありません、奥様と誤解させてしまいましたか?」
「いや、いい。美幸ではないのなら」
「ですが、大石部長の病状次第では奥様はどうなされるのか…………」
青葉の言葉が詰まると幸司は置いたカルテの写しへと目をやる。一体美幸の父親に何があったのかと。すると、幸司は自分の目を疑った。そこに書かれてある病名を見て手が少し震えてしまう。
「これは…………」
「多分、間違いなく大石部長は末期癌です」
幸司は冷静な青葉の言葉に思わず顔を上げた。そして、無表情な青葉の顔を見つめると再びカルテへと視線を動かす。
「最近の部長の様子に少々気になることがありましたし、私に内密の相談をされましたので、もしやと色々調べましたらこれが分かったのです」
「しかし、どうやってこんな大事な物を持ちだせたんだ?」
「そんなことより、これからのことです。部長は治療に専念するつもりは無いのでしょうか? 今のところ出社されてますし、今後有給休暇を取られる模様でもありませんし」
青葉の言葉通りに、今、気にするのはカルテの写しについてではなく、美幸の父親である大石部長の今後だと、幸司は額に手を置いて思い悩む。
大きな溜め息を吐くと顔を上げて青葉を直視し訊く。
「この事を知っているのは?」
青葉は頭を横に振りながら「多分、誰も」と言う。まさか美幸も知らないのだろうかと少し考える。
もし、父親が病気なら美幸は看病の為に家を出るだろうし、万が一の事が有れば、美幸は二度とあの家には戻らないだろうと、そんな気がした。
「奥様へお知らせしますか?」
思わず手に拳を握ると力が入る。少し震える幸司のその手を見て青葉は口をつぐむ。
「いや、しばらく様子を見る」
俯いたまま顔を上げない幸司。そんな幸司を見て少しだけ青葉の表情が緩む。