好きにならなければ良かったのに
一方、早い帰宅をすると聞かされ、何も知らない美幸は使用人達にドレスアップをされてリビングで幸司の帰りを待っていた。
一度帰宅し再び車を走らせた事にも気付いていない美幸は、まだ帰らぬ幸司に、やはり今夜も残業か或いは気が変わって晴海と一緒に居るのではないかと疑い始める。
「仕事かしら?」
壁掛け時計の針を見ると既に九時を回ろうとしている。こんな時間になっても戻らないのは答えは一つだと分かる。わざわざ早く帰宅すると厨房にまで食事の指示を出していても、結局幸司には最初からそのつもりは無かったのだろうと、そんな気がしてきた。
待っているのは慣れているが、こんな嘘をつかれて待たされるのは我慢ならないと胸が締め付けられる。瞳にうっすらと涙を浮かべると使用人達に涙を気付かれないように寝室へと戻っていく。
「きっと彼女に引き留められたのね」
寝室へ戻った美幸は洗面所へと急ぎ綺麗に化粧をしたその顔をクレンジングで洗い流す。これ以上落とせないと言うほどに顔面を何度も擦り洗いし涙ごと流そうとする。
「もう、こんな生活耐えられない!」
思わず気弱になる美幸は大声で泣き叫んだ。洗面所に座り込むと涙が頬を伝い流れ落ちる。
「……帰りたい」
もう自分の居るべき家はここではないと、未だ帰らぬ夫に美幸の心はそう決心させようとした。
体に力が入らない美幸はそれでも何とか立ち上がり寝室へと戻る。しかし、幸司のベッドで眠りたくない美幸は寝室にあるソファーへ腰かける。
そのまま体を横にすると待ち疲れたからか眠ってしまった。
それから暫くして幸司が帰宅する。
使用人達は幸司の帰りが遅いとかなり心配していた。そして執事から美幸の話を聞くと、美幸には悪いことをしたと連絡を入れなかったことを申し訳なく感じた。
既に寝室へ戻ったと聞かされた幸司は三階へ駆け上がっていく。まだ美幸は起きて待っているだろうかと、腕時計を見ながら階段を上っていく。
まだ時計の針は十時過ぎだ。この時間なら起きているだろうと駆け上がる足が速まる。
しかし、息を切らしながら寝室へやって来たとき、美幸の姿はベッドにも寝室にもなかった。
「美幸?!」
つい大きな声を出して美幸の姿を探すと、ベッドではなくその隣のソファーに横たわる美幸の姿を見付ける。