好きにならなければ良かったのに
「おはようございます」
早めに出社したつもりが、営業部には既に香川と吉富の姿があった。チャラそうに見える吉富が真剣な顔をしてパソコンと睨み合う姿に、美幸は珍しい物でも見るような目で見てしまった。
美幸の視線にも気付かずに、吉富は資料とパソコンの画面を見比べてブツブツと呟きながら仕事をしている。不真面目そうでも普段は真面目に仕事をしているのかと美幸は思わず苦笑する。
香川は見た目通りに真剣な表情で何かの作業をしていた。美幸は二人の邪魔にならないようにと自分のデスクへ行くと、壁に貼られているグラフが目に入る。
何かと思って貼られているグラフの所へと行くと、それは四半期の営業成績のグラフだった。
(へぇ、吉富さんって成績良いんだ。あ、やっぱり一番は香川さんだ。納得だなぁ。あれ? 青葉って誰だろう? この人は名前はあるけどゼロ?)
貼られた四半期毎の営業成績。しかし、それには男性社員のみ貼り出されていて女性社員については何もなかった。少し時代錯誤なグラフに見えてしまうと美幸の瞳が細まる。
「気になるか?」
グラフを見ていると、いつの間にか香川が美幸の隣に立っていた。美幸が見ていたグラフを香川も見ている。
「ここの部署の女性社員は何故名前がないんですか?」
「君の名前を載せたいとは思わないか?」
「私の名前をですか?」
思いがけない香川からの質問に、戸惑いの表情を見せる美幸はどう答えていいのか言葉に詰まる。
香川の質問は近くにいる吉富の耳にも当然入ってしまう。吉富は聞こえない振りをして作業するも、その耳だけは研ぎ澄まされて二人の会話を一言一句漏らさず聞いている。
「まだ入社したばかりの社員なんて何も出来ませんよ」
「今はな。佐々木と競ってみないか?」
「佐々木さんと競う?」
「どちらが早く契約を取れるか、やってみる気はないか?」
会社を辞めさせたがっている幸司の非情なまでの姿が脳裏に浮かぶも、この香川のセリフに美幸は胸を弾ませている。
本当は幸司の仕事を理解しサポート出来ればと思いながら入社した美幸だったが、香川のセリフに胸を踊らせると目がキラキラと輝きを見せる。