好きにならなければ良かったのに
それにこの重々しさはかなり昔に感じた重みで、そこから広がる温もりを美幸は知っていた。まさかと思いながら肩に掛かるその重みの元に触れると、男の人の腕が美幸の肩に圧し掛かっていた。
背後から乗せられる腕をゆっくり退かしながら寝返りを打つと、隣に眠る幸司が美幸に抱きついていた。久しぶりに熟睡したように感じた美幸は幸司の腕が自分の頭の下にあるのを見ると、急に顔が真っ赤になって胸がドキドキして心臓が破裂しそうになる。
こんなに幸司と肌を触れ合わせたのはいつの頃かとそんな事を考えてしまう。何故、急にこんな風に幸司の態度が変わったのかと不思議でならない美幸は暫く眠る幸司の寝顔を見ている。
「やっぱり素敵」
目の前に眠る旦那様。自分の夫であり他の女のモノだと思うと胸が締め付けられてしまう。しかし、洋服を送ってくれたり、一緒に食事をしようとしたり、少しは幸司なりに変わってくれようとしているのかと期待をしてしまう。
「……はる……み」
しかし、その愛しい筈の夫の口から出て来た寝言は独身時代から交際してきた女の名前だった。美幸は自分が思い上がっていることを思い知らされると、急いでベッドから抜け出しクローゼットへと駆けこむ。そして、そこで座りこむと自分の愚かさを身に沁みて涙が流れてしまう。
「ん、あれ? 美幸? どこ行った?」
ベッドから下りた美幸の振動で目を覚ました幸司はまだ半分寝ぼけ顔だ。「嫌な夢を見た」と頭を掻きながら寝返りを打つ。また瞼が閉じかかると幸司は布団の温もりの中、心地よく二度寝をしてしまう。
クローゼットに暫く籠っていた美幸だが、何時までも夫と晴海に振り回されているのは嫌だと、気持ちを奮い立たせてるとクローゼットから出て来る。こんな所で泣いたからと現状が変わる訳ではないと、何の為に会社に入社したのだと自分を叱咤する。
「そうよ! このままじゃ嫌! だから頑張るの」
まだ眠る幸司を横目に美幸は着替えを済ませると寝室から出て行く。
そして、いつまでも泣き虫で気弱な自分では居たくないと、自分も変わらなければと思い立つ。幸司より一足先に食事を済ませ会社へと出掛ける。
昨日、仕事を休んだ分、少しでも取り返したいと気持ちだけは元気を保とうと気合いを入れる。車を出してくれる屋敷の使用人には駅前で降ろして貰い、そこからは電車に乗って会社へと行く。