好きにならなければ良かったのに

「なあ、青葉。何故、娘婿の俺よりお前の方が美幸の親の病状に詳しいんだ?」
『それは信頼度の差ですか?』
「俺は信用されていないってことか?」
『仕方ないですね。愛人問題を抱えていらっしゃいますからね』

 会社では部下に偉そうな態度を取っている幸司でも青葉の言葉にはぐうの音も出ない。悔しい幸司としては暫し電話に向かって眉をつり上げ睨みを利かせる。電話先の相手にそんなバカげたことをしても見えないのだからと思うと溜息が出てしまう。
 そんな溜息が青葉の電話口まで伝わる。

『冗談ですよ、課長』
「冗談に聞こえないぞ」

 普段青葉の口から冗談などと言うセリフを聞いたことがあるのかと、幸司はかなり苛ついている。真剣な話をしている時に、くだらない冗談を言っている暇などないと更にイライラは増す。

『部長を病院へ連れて行ったのが私でしたし、まだ家族の方は誰も病院へは来ていませんでしたので、あなたの名前を使わせて頂いてちょっと話を聞きだしただけです』
「……それで、手術すれば治るのか?」
『それは今後の検査次第でしょう。検査も治療もこれからですよ』

 突然の入院ではあったが、病状悪化による緊急入院では無かったという事実に取り敢えず安心した幸司だが。やはり入院したのであれば美幸に知らせない訳には行かないと、幸司の中でかなり辛い選択を言い渡された気分だ。

『やはり奥様には、実家へは帰らせないおつもりですか?』
「……お前、なんだか矛盾しているぞ。美幸には父親の入院を知らせるなとか実家へ帰らせろとか」

 幸司は今夜は早めに休むとわざわざ美幸をベッドへ誘っていた。なのに、約束を破り美幸には何も告げずに家を出て来た。きっと美幸はまた裏切られたと怒るだろう。その上に実の父親の病気も知らせずにいるのが美幸にバレたならば、いったいどう釈明すればいいのか、幸司の頭は真っ白になりそうだ。

『そう言う課長も矛盾していますよ。奥様へ部長の症状を知らせたい様ですが、本当は実家へは戻したくないのでしょう?』
「そ、そんな事はお前には関係ない」
『私は今日この時間に入院の知らせをすると奥様を動揺させると思っただけです。これが明るい時間でしたら別に奥様に内緒にして下さいとは言いません。寧ろ、ご同行願ったでしょう』



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