好きにならなければ良かったのに

 確かに、夜空に星が煌めくこんな時間に美幸に知らせれば、美幸をかなり動揺させただろう。明日の朝、落ち着いた時に話をした方が本人の為になると幸司もそう思えた。

「悪かった。色々気を遣わせたな」
『いいえ、それが私の仕事ですから。それから、日下さんとは今後どうなさるおつもりですか?』

 幸司の眉間にシワがよると、少し口元が歪む。

「どうもしない」
『まだ恋人関係をお続けになるのですか?』
「俺はもう結婚しているんだ。晴海とは恋人ではいられないだろう」

 そう言いながらもまだ幸司と晴海の関係が続いているのを青葉は知っている。時々会社で逢引しているのも、就業後に二人がデートしているのも青葉には全てお見通しだ。

『ああ、そうでしたね。あなたはもう結婚しているのだから、日下さんは愛人になるのですね』
「もう、用がないのなら電話を切るぞ」
『愛人と妻と両方は手に入らないのですよ。それでは誰も幸せになどなれません』

 青葉に痛い所を突かれたと思った幸司は電話をガチャと乱暴に切る。そんなセリフを言われなくとも分かっていると言いたげな幸司は、車のロックを解除すると空を見上げては大きな溜息を吐いた。

「晴海……」

 空に煌めく星を眺めると、以前晴海と一緒に見上げた夜空を思いだす。昔の晴海は初々しくて可愛かったと。空に浮かぶ星座を見ては、自分が知っている星座があればはしゃいで幸司に名前を教えてくれたものだ。

「さそり座が出て来た。となると反対側には沈むオリオン座があったな……。自慢して教えていたな」

 覚えたての星座の神話を楽しそうに話していたあの頃の晴海の姿は今はどこにもいない。入社した美幸の姿を見ては、顔を歪ませ我が儘ばかり幸司に言っては縋りつこうとする。晴海をそんな嫉妬まみれな女へと変えてしまったことに罪悪感に苛まれていく。

 暫く夜空を眺めているが、車へ乗り込みドアを閉めると、ハンドルを両手で掴みその手に頭を伏せて溜め息を漏らす。

「美幸、怒っているだろうなぁ」

 今は晴海との昔話を思いだしている暇はないと。今夜、美幸をすっぽかしたその詫びをどう入れようかと頭を悩ませていた。そして、明日、朝には義父の入院を説明しなければならないと思うと気が重くて胃が痛くなりそうだった。

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