神様修行はじめます! 其の五
 動きやすいようにドレスを持ち上げたお岩さんが、とてもレディとは思えないような大股開きで走りながら、雄叫びを上げる。


 そのあまりにも予想外な事態に、さすがの地味男も硬直して立ち尽くしてしまっていた。


 あたしも目と口を真ん丸に開いて、唖然とするばかり。


 お、お岩さん、そういえばさっきからずっとセバスチャンさんの隣にいなかった。


 こういう危険な状況時のセバスチャンさんは、必ずお岩さんの隣にいて彼女を守るのに。


 ということは、ふたりで示し合わせて別行動してたってこと?


 地味男の注意が他に向いている間、お岩さんは単独でコッソリ移動して、この機会を虎視眈々と狙っていたんだ。


 すごい! さすがは権田原一族! どん底に追い詰められた事態の時こそ、彼らの本領発揮のときでした!


「地味男! 戦闘能力を持たないわたくしなど、気にもとめていなかったのでしょう!? フッ、甘いですわ!」


 誇らしげに叫ぶお岩さんの頼もしい姿に、後光が射して見える。あたしの胸に熱い希望が、マグマのようにドッと噴き上がった。


 そうだ、お岩さんをナメるな! お岩さんはなぁ、実はすっげえ人なんだぞ!?


 プリンセスみたいなドレス姿に惑わされるけど、本当は超たくましい人なんだ!


 60キロはある米俵を背中に担いで、田んぼと倉庫までの道のりを余裕で往復できるんだぞ!


 知らなかっただろ!? お岩さんはなぁ、本当のお岩さんはなぁ……


 プリンセスみたいなゴリラなんだ!


「地味男、お覚悟なさい! 下れ天中――!」


 歯を剥いて怒鳴るゴリ……お岩さんの気迫に、地味男がとっさに身を引いた。


 でもすでにお岩さんは攻撃範囲に入っている。


 よし、いけえ! プリンセス・ゴリラー!


―― ピシーン……


 「……へ?」


 薄い氷を踏みつけたような音が、お岩さんのパンプスの下から聞こえて、あたしの目が点になった。


 てっきり地味男を殴るか蹴るか、両腕で絞め殺すかとばかり思っていたのに、お岩さんがまったく予想外の行動をしたからだ。


 あたしの両目は、信じられない光景を凝視している。


 ……お岩さん? な、なにしてんの?


 え? え? ちょっと待って? あなたがいま、思いっきり足で踏んづけてるのって、それって……。


「水絵巻……だよね……?」


 周囲は水を打ったようにシ――ンと静まり返り、まるで時間が停止してしまったように感じた。


 あたしだけじゃなく、門川君も、絹糸も、我を忘れたように状況に見入っている。


 異様な雰囲気の中、お岩さんの足元からパリ、パリと、脆い物質に亀裂が入っていく音が響いた。


 そして……。


―― パリ――――ン……。


 極薄のレンズが割れるような音と共に、ついに水絵巻は踏みつぶされてしまった。


 霧みたいな細かい水が噴き上がって、お岩さんと地味男の体に降り注ぐのを、あたしは夢でも見ているような気分で眺めている。


 み、水絵巻……


 お岩さんが、壊しちゃった、よ……?
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