君の中で世界は廻る〜俺様ドクターの唯一の憂い〜
流人は何の不安もない。
本田のおじいちゃんの家にはかれこれ3回は行っている。行く毎に近道を見つけたし、まずは主要道路を飛ばして走れば、信号がないぶんかなり時間が短縮できるはずだ。
きゆはがけ崩れを心配していたが、まだこの雨ならぎりぎり大丈夫だろう。
流人は病院の車に常備してある漫談のCDをセットして、大音量で鳴らした。
ウィンカーがフルスピードで動いても間に合わない雨の量は流人の視界を遮ったが、それでも流人はスピードを落とさなかった。
マルが待っている。
流人にとっては、犬も人間も尊い同じ命だ。
流人は、自分の前からある日突然、きゆが消えた日の事を思い出していた。
自分の近くにいてくれることが当然で、空気と同じくらいになくてはならない存在が急に消える。
しばらくは、まともに息すらできずにいた。
いつも通っていたきゆのアパートはもぬけの殻となり、毎日顔を合わせてた病院からも姿を消した。
愛する人が、愛してやまない恋人が、何の前触れもなく自分の前からいなくなる喪失感は、今でも流人の心を苦しめるほどのトラウマになっていた。
でも、本田のおじいちゃんにとってのマルは、恋人でもあり家族でもある。
そんなマルをおじいちゃんから奪うわけにはいかない。
無謀だとか、自殺行為だとか言われようが、流人は突き進むしかなかった。
もし助けに行かずマルが死んでしまったら、その時こそ俺は死ぬまで自分を責めて生きるだろう。
あんなに可愛くて賢いマルは、きっとおじいちゃんを待っている。
だから、俺は、おじいちゃんの代わりに迎えに行くだけだ。