御曹司様のことなんて絶対好きにならない!
そういうのはこっちに聞こえないように言ってくださいよ、とは思うもののこの近さだとしょうがないか。

恥ずかし過ぎる話にチラリと坊っちゃまを見ると、イタズラを閃いたように面白そうに笑って私の肩を掴むと、顔を近づけ耳元で囁いた。

「折角だし、ご期待にお応えする?」


その仕草に、また背後がキャァと騒ぐ。

私に顔を近づけたまま、その反応を聞いて坊っちゃまは嬉しそうにクスクス笑い続けている。


今、絶対笑顔は黒いはずだ。
午前中に見た笑顔を思い浮かべながら体を離すと、予想外に甘さを含んだ優しい笑顔だった。


一瞬、胸の奥で音が鳴った気がするけれど、それに気付かないようにして心を落ち着ける。

「垣内係長、調子にのりすぎですよ?」

「そう?」

ご機嫌に答える坊っちゃまの視線は相変わらず甘くて、困る。

その時聞こえてきた、ガラガラと店の戸を開けてオープンさせる音に気を取られたフリをして、私はその甘さをなかった事にした。
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