副社長とふたり暮らし=愛育される日々
ということは、あのことも話したよね、きっと。

おばあちゃんのために花を持って行ったのだけど、院内で会った見知らぬ患者のおじいさんが、『とってもいい香りですね』と、笑顔で話しかけてきた。

その直後、おじいさんの息子らしき男性が、私にこっそり言ったのだ。

『父が笑った顔を久々に見ました。ありがとう』と、嬉しそうに。

あの時、いい香りは人をほんの少し幸せにするんだな、すごいな……と思った。だから私は、沈丁花の香りを春以外でもたくさんの人に届けたかった。


「思い入れのある花だから、香水を作るなら絶対これがいい!って思ってたんです。でも……皆を困らせちゃうし、諦めるしかないかなって」


渇いた笑いを漏らして言ったあと、目線を下げ、無意識に唇を噛んだ。

すると、黙って聞いていた朔也さんが、箸を置いて口を開く。


「“皆を困らせるから”っていう理由で諦めるのは、俺は納得いかないんだが。瑞香はそれでいいのか?」


その言葉は私の心を見抜いているようで、ゆっくり顔を上げた。朔也さんは、真剣な表情で私を諭す。


「困っていいんだよ。悩んで苦戦して、試行錯誤するからいいものが生まれる。そのために、チームで知恵を絞り出すんだから」


彼が言うのはもっともで、たしかにまだ諦める必要はないのかな、と思い始める。

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